ピンポーンと遠くでチャイムの鳴る音がした。重い身体を起こしてベッドから降りる。
 今日って、なにか荷物が届く予定あったっけ? 考えてみたけれど、がんがんと頭を打ちつける痛みに邪魔をされて思い出せない。
 印鑑を片手に開いたドアの向こう側。よく知っている赤いメッシュを見た瞬間、居留守を使わなかったことを心底後悔した。

「よっ、大丈夫……」
「帰って」
「ちょ、待て待て、ストップ!」

 閉めようとしたドアの隙間にするりと身体を滑りこませた和泉くん。ついため息がこぼれる。

「……風邪ひいちゃったから今日はデートできないって連絡したよね」
「あー、そういやメッセージ来てたな。さっき見たわ」
「なら帰って」
「まあまあ、そう言うなって。ひとり暮らしで風邪って大変だろ。薬とか買ってきたから中入れて」

 入ってこようとする和泉くんをぐいぐいと玄関の方へ身体を押すけれどびくともしない。それどころか、腰に手が回されて軽々と抱き上げられてしまった。 

「ちょっと! 和泉くん!」
「ちゃんと掴まってねえと落ちるぜ」

 童話の中のお姫さまみたいに優しくベッドに横たえられる。パジャマじゃなくて可愛いドレスを着ていて、もっと別のシチュエーションだったらきっとときめいたのに。
 考えているうちに前髪がよけられて手際よく額に冷却シートが貼られた。

「薬飲めそう? いや、先に飯食ったほうがいいか」

 ドラッグストアのビニール袋の中からペットボトルやら食材やらが次々に出されていく。その様子をぼーっと見つめていたら、ばっちりと目が合った。

「ん? なに?」
「どうして」

 どうして、そんなに優しいの。
 ミュージカル俳優の和泉くんは、明日も明後日も稽古やお仕事で予定が埋まっている。いつも体調管理に気をつけて頑張っているのに、もし私の看病をして風邪がうつってしまったら。役者は身体が資本だってことくらい、一般人の私だって知っている。お仕事に穴を開けることがどれだけ大変なことなのかだって。
 じわりと視界が滲む。優しくて、たくさんの愛情をくれる大好きな人の負担にしかなれない自分が悔しい。

「あーもう、泣くなって」

 困ったように笑って和泉くんが頬をつたった涙を拭った。

「負担だなんて思ってねえし、もっとオレのこと頼ってくれていーんだよ」
「……ありがとう」
「おう。やっぱ薬飲む前になにか食ったほうが良さそうだからなんか作るわ。キッチン借りていい?」

 スマホを片手に立ち上がる和泉くんに思わず手を伸ばす。シャツの裾に指が触れて和泉くんが振り返った。

「どうした?」
「……もう少し、ここにいて」

 切れ長の瞳が僅かに見開かれる。だけどすぐに優しく細められて、伸ばしていた手の指先に和泉くんの指先が絡まった。

「もちろん」

 手のひらから伝わる体温が心地良い。そっと目を閉じたら「おやすみ」と和泉くんの声が聞こえた気がした。
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