待ち合わせ場所で目の前に停められたバイクを見て、ほんの少し後悔した。
今から私、これに乗るんだ。事故に巻き込まれないかな、落ちてしまわないかな。家を出るまでのドキドキはどこへやら、悪い想像ばかりが頭の中を駆け巡る。後ろに乗せてほしい。そうワガママを言ったのは他でもない私自身なのに。
スポットライトのような街灯の光を浴びて仄かに輝く紫色をじっと見つめる。かっこいいけれど大きくて、ちょっと厳つくて、よく手入れされているのかどこを見てもぴかぴかだった。バイクの所有者ーー虎石くんの幼なじみで空閑くんというらしいーーはきっと、自分の持ち物を大切にしている人なんだろう。
「はい、これメット」
そう言って渡されたヘルメットからは、ほんのりと知らない甘い香りがした。これまでたくさんの子猫ちゃんを後ろに乗せてきたんだろうな。浮かんだ考えを振り払うように虎石くんに声をかける。
「バイクって、けっこう大きいんだね」
「ん? あー、まあ最初はそう感じるかもな。でもそのうち慣れると思うぜ」
ヘルメットを被った虎石くんの長い足がバイクを跨ぐ。その動きがあまりにも手慣れていてスマートなものだから、思わず見惚れてしまった。立ち尽くしたまま動けずにいる私に虎石くんは首を傾げる。
「乗らねえの?」
どうしよう。怖いからやっぱりやめる。そう言うなら今しかない。だけど。
「……乗る」
ふんわりと漂う例の香りに不本意ながら背中を押され、ヘルメットを被って虎石くんの後ろに跨る。ブォンと音を立ててエンジンがかかった。
「ねえ、これってどういう姿勢でいるのが正解なの」
「足はステップに乗せて。手は腰に回すかそこのバーに掴まるかだけど……オレのおすすめは、こっちな」
引かれた手が彼の腰に回る。ぐんと距離が近づいて、背中に頭を預ける姿勢になった。
「これで怖くねえだろ?」
別の意味で、心臓には悪いけれど。ヘルメット越しに微笑まれて頷けば、虎石くんは前を向いて、
「しっかり掴まってろよ」
エンジンの音が大きくなって、ゆっくりとバイクが発進した。