迎えた朝
 近くでもぞもぞとなにかが動く気配を感じた。真っ暗だった視界がだんだん明るくなっていく。ベッドサイドのテーブルに置かれている時計を見ると、針は六時を指していた。

「起こしてしまいましたか」

 名前を呼べば、ベッドをおりようとしていた勿忘草色がくるりと振り返った。

「ううん、大丈夫」

 昨晩は夜ふかしをしてしまったから、まだもう少し眠っていたい。でも、一緒に朝食をとりたいから起きないと。ぐるぐると考えながらシーツにくるまっていたら、彼が近づいてきた。
 何度か触れ合って離れていく唇。ゆっくりと目を開くとすぐそこで蜂蜜色が見つめていて、恥ずかしくて視線を落とす。

「かわいいですね」

 すっかり覚醒した彼の大きな手がほんのり染まっているであろう頬を撫でた。

「おはようございます、ナマエさん」
「おはよう、HiMERUくん」

 コーヒーをいれて、朝食を食べて、最後にもう一度、触れるだけのキスをして。そうして"いつも通り"をまとった私たちは、少しだけ時間をずらして部屋を出た。


 彼との初めてのお泊まりはとても楽しくて、本当にあっという間だった。

 朝早くから彼の部屋に行って、時間と人目を気にせずおしゃべりをして、映画を観て、ときどき触れ合って。だれにも邪魔されずに、大好きなHiMERUくんを、あのひとを独り占めできる。彼とそんな関係になる日が来るなんて一年前の私は少しも想像していなかったはずだ。

 もしかして、これは夢なんだろうか。昨日のことはぜんぶ夢の世界の話で、今朝のHiMERUくんは私の幻覚?
 頬をつまんでみようとグラスを拭いていた手を止めたとき「ナマエちゃん?」とよく知っている声がした。

 ハッとして視線をあげる。そこはいつもの職場であるカフェ・シナモンで、カウンターの向こうに見えるボックス席からはいつものようにCrazy:Bの三人の賑やかな声が聞こえてきていた。

「ぼーっとしてるけど大丈夫っすか? 朝ごはんちゃんと食べた?」

 心配そうに覗き込んでくる椎名くんに「大丈夫です」と答える。

「気にしていただいてありがとうございます」
「いえいえ。大丈夫そうなら、これこはくちゃんのところに運んでもらってもいいっすか?」
「わかりました」

 新作スイーツが乗ったお皿を受け取って隣を通り過ぎようとしたとき「あれ?」と椎名くんが大きな声を出した。

「今日のナマエちゃん、なんかHiMERUくんみたいな匂いするっすね!」
「へ?」
「ちょ、HiMERUはん!?」

 思わず変な声が出る。ホールのほうからはHiMERUくんが咳き込んでいるのが聞こえてきた。

「ナマエちゃんHiMERUくんの大ファンだもんね、もしかして同じ香水とか使ってます?」

 推しとお揃いってやつ? そう無邪気に尋ねる椎名先輩は、椎名くんだから、きっと気になっただけで深い意味はないと思うけれど。

 「なに、そういうこと?」と笑う天城さんにHiMERUくんが言い返しているのを聞こえてくる。どうにかして誤魔化さなければと大慌てで考える脳内に、ほんの少しだけ、昨日のことが現実だったと安心している私もいた。