誰を見ているか知った日
※モブ視点
好きな人がいた。
五月の風が吹く頃、近くの席になった男の子。名前は仁王雅治くん。部活はテニス部で、委員会には所属していない。二年生になって同じクラスになったあの日から、わたしの視線はずっと仁王くんを追いかけるようになっていた。
いわゆる一目惚れ。日直で一緒になって初めて会話をした日には、彼のことがもっと好きになった。
友達には「告白しないの?」なんて聞かれるけれど、仁王くんと付き合いたいとかそういうのは全くなくて。眠そうな背中とか、寝癖で少し跳ねている髪とか、テニスをしてる時の楽しそうな表情とか。ただ、いろんな彼の姿を見ているだけで幸せだった。
そんな生活を送っていたある日、わたしはあることに気づいてしまった。
「仁王いる?」
可愛らしい声と共にひょいっと教室を覗くアメジストみたいにきらきらした瞳。御崎優音ちゃんは隣のクラスの女の子。明るい色の髪と着崩した制服、きらりと光るピアスが特徴で、そのせいか毎日のように風紀委員の真田 くんに追い回されてる、学年のちょっとした有名人だ。
前に一度だけ話したことがあるけれど、ザ・カーストの一軍!というタイプ見た目に反して気さくで話しやすくて、人は見かけによらないってこういう事かと思ったりした。
「仁王くんなら、さっき教室を出て行ったところだよ」
「わー、ほんとに? 入れ違いかあ」
声を掛けてそう言えば「どうしようかな」と廊下の様子を窺う優音ちゃん。テニス部でマネージャーをしている優音ちゃんは仁王くんと仲良しで、部活の連絡やその他いろんな話をしにときどき教室にやって来る。急いでいるみたいだったから、もしかしたら今日も大事な連絡があったのかも。
「あ、あの、わたし仁王くんに伝言しようか? 迷惑じゃなかったらだけど!」
「いいの? じゃあお願いしちゃおうかな」
優音ちゃんが口を開きかけたそのとき、
「何しとるんじゃ」
「仁王くん」
「あ、仁王! どこ行ってたのよ、休み時間に用事あるから教室行くって言ったじゃん!」
「そうじゃったかの」
目の前で繰り広げられるテンポの良い掛け合い。その様子を近くで見ていたとき、気づいたのだった。優音ちゃんを見る仁王くんの目がすごく優しいことに。
女友達が多いとは言えない仁王くんがよく話しているのを見かける女の子が優音ちゃん。表情の変化は少ないけど彼女と話しているときの仁王くんはとても楽しそうで。これまでももしかしたらと思うことはあった。それが今日、確信に変わった。
仁王くんは、優音ちゃんのことが好きなのだ。
「じゃあ、そろそろ教室戻るから。あなたもありがとね」
「あ、うん! またね!」
ひらひらと手を振り去っていく優音ちゃん。同じように見送っていた仁王くんの視線はやっぱり柔らかくて、そんな視線を向けられる優音ちゃんがわたしにはすごく眩しく見えた。
好きな人がいた。近くの席の気怠そうに授業を受ける男の子。告白なんかしなくても、付き合ったりしなくても、ただ見ているだけで良いとずっと思ってた。それは今も変わらないけれど、もし、ひとつだけ願うことが許されるなら。
どうか、大好きな彼の好きな人に、彼の気持ちが届きますように。