煽られるままに揺らめいて


荒北靖友は舌打ちをする。

「あの女、ほんっとふざけんじゃねーヨ…普通この時間に呼び出すかっての」

花菜がいる場所まで、あと何分かかる。頭の中で計算する。こうしている間にも、花菜に何かあったらと思うとアクセルを踏む足に力が入る。


∵∴∵∴∵∴∵∴


「おい!花菜、早く乗れヨ」
「…靖友、ごめんね明日も大学あるのに」
「ホントにな!次はねェからな」

花菜は自販機で買ったお茶を荒北靖友に渡す。午前2時30分、こんな時間に迎えに来てくれる人なんて荒北靖友以外にいないだろう。

「…靖友ってさ、知ってたの?」
「何がだヨ」

運転している荒北靖友の顔を見つめる。その前を見つめる瞳が花菜の方に向けられること今はないけれど、怒ってはいないみたいだ。
ただ、荒北靖友は心配していた。何があったのかと…花菜が1人で泣いてるんじゃないかと。着いて花菜の顔を見た時、泣いた形跡がなくて酷く安心した。グッと耐えて迎えに来たかいがあった。

「巻島くんが、イギリス留学してること」
「…誰に聞いた?」
「友紀が今日教えてくれたの……私ダメだなぁ」

花菜のその声は、ノドの奥の奥から絞り出すように発せられた。泣いてる声とはまた違う。

「…ホッとした、行動できなくても大丈夫な理由ができたと思った。イギリスにいるんだもん、何も出来なくて当然って……当たり前にそう、思っちゃった」
「別にいいじゃねーか、イギリスいんのはホントなんだからヨォ」
「私ね、きっとチャンスはあったと思うの。金城くんと知り合って、巻島くんのこと聞けた。自分から聞くことが出来る環境だった」

荒北靖友は黙るしかできなかった。花菜の声は少し必死さを帯びているけれど、口調はとても落ち着いている。
花菜は、確かに巻島裕介のことを金城に聞かなかった。けれどそれは、逃げていた訳ではない。なら何故イギリスにいると知って安心したのだろう。行動しなくていい理由ができたと思ったのだろう。

「私たぶん、巻島くんのこと好きなだけでよかったの。付き合いたいとかじゃない。他に付き合ってる子がいてもいい」
「……」
「あの姿に憧れた、皆と一緒の行動ばっかりとって個性がなかった私は巻島くんが眩しくて…その光になりたいと思った」
「好きで、いいじゃねェか。行動なんてな、できるヤツとできねェヤツがいんだよ、あたりめぇだろ。花菜の気持ちを、自分で否定すんのはやめとけ」

荒北靖友はハンドルを握る手に力を込める。
もうすぐ花菜の家だ。あと、5分。このアルバムが終わる頃には、もう花菜の姿はここにはない。

「…オレさ、2時に迎えに来てなんて他のヤツに言われたらふざけんなって言ってヤンヨ」
「ごめんね、本当に」
「花菜だから、言おうと思ってたけどグッと耐えたんだヨ」
「……靖友?」
「花菜は気づいてねェだろうけどヨ、オレ好きだから」

花菜は心臓あたりを無意識のうちに抑える。知らない、分からない、気づかなかった。
だって、人から好意を伝えられたことなんてないから。

「好きだ」
「……」

荒北靖友は、付き合ってくれと言わなかった。花菜がシートベルトを外したのが分かったからだ。ここでいいよ、と花菜の口が動いたのは分かったけれど、花菜の声は聞こえない。
荒北靖友の耳には、自分の心臓の動悸の音しか聞こえなかった。


(2018.04.25)