きみとぼくのスタンス・ドット


帰ってから風呂に入る。これは日常の中で流れ作業になっている。いつもと違うのは、花菜の存在が荒北靖友の頭をちらついている事だ。

「…まいった、ヤベェ」

荒北靖友は今までにはない程の密度で、恋をしている。
笑顔も別に可愛いわけじゃなく、気が利く訳でもない花菜。荒北靖友にとっての花菜は、そうでもない女。
けれど、花菜は魚を食べるのが驚くほど綺麗だった。それだけのことで、荒北靖友の心に花菜は住み着いた。

「普通、あんなにキレイに食べれねっつの…意味わかんねェ」

チッ、と舌打ちをしてラインの友達から花菜の名前を探す。荒北靖友が合コンで交換した連絡先は花菜のみだった。他のメンバーに聞いたところ、誰も花菜を追加しなかったらしい。その事が荒北靖友は嬉しくてたまらなかった。


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「茅島さんってさ、彼氏いんのかな」
「…それは、本人に聞いたらどうだ?」
「聞けねっから、ここで言ってんだろ金城ォ」
「ははは」
「笑うなっつの!!」
「いや、まさか荒北が茅島さんとは思ってなかったからな」
「俺だって思ってなかったヨ」
「どこが良かったんだ?」

どこがと聞かれて荒北靖友は、内心とても困惑した。魚の食べ方が綺麗だったんだ、なんて言えない。
けれど、他にどこかいいところを探しても正直に言ってしまえばない。
荒北靖友が焦っていることに金城は気づいた。言わなくてもいいぞ、それを言えば荒北靖友はきっとホッとするだろう。けれど金城は言わない。
金城から見ても花菜は特別可愛いわけでもない、普通の女の子だった。いや、ほかの女の子がしてることに倣っている様な…どこかふわっとしている感じもあった。
そんな花菜と荒北靖友が仲良さそうに話しているのを見た時の金城の驚きは計り知れない。ラインを唯一追加したというのにも驚いた。
どこに惹かれたのか、ただ知りたい。

「……笑うなヨ」
「俺は笑わない」
「……あー、その…魚の食べ方がキレイだった。そんだけだ」
「荒北はそういうのに弱いんだな」
「チッ、そうだヨ文句あっか!?ジャストミートだっつの、ストライクだヨ!」

荒北靖友の顔が、赤くなっているのを初めて見た金城は少し嬉しかった。きっと箱根学園のヤツらも知らないだろう。
荒北靖友が女のことを考えて、こんなにあたふたして、一つのことをずっと考えてる姿を。

「普通に考えてみれば、合コンに来ているんだから彼氏はいないだろう」
「だよな」
「…荒北、頑張れ」
「言われなくても、押すっつの」

金城は荒北靖友の肩をぽんぽんと軽く叩いた。頑張れと、二回も口に出すのはしつこいだろうと思ったからだ。しかし、きっかけが魚の食べ方がキレイだなんて荒北らしい。細かいことを見てる、周りをよく見てるからこそのきっかけだ。
荒北靖友は、金城の考えていることなど全く知らないで花菜を遊びに誘うラインの文面を考えていた。


(2018.04.13)