どうしても欲しい言葉がある


花菜が目を覚ました時、荒北靖友はまだ床で眠っていた。床の固さが不快なのか、顔をしかめている。
花菜は少し考えて、椅子にかけてあるブランケットを手に取った。荒北靖友の体を覆うには少し大きさが足りないけれど、何も無いよりはマシだろう。


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卵3つを空気が入るようにかき混ぜる。水を大さじ1と半分、白出汁を小さじで1と半分、薄口醤油を少々いれたらまた混ぜる。ある程度混ざったら熱してあった卵焼き用のフライパンで焼く。
花菜はだし巻き卵を作るのが得意だった。朝ごはんには絶対に食べる。1人だったら卵を2つに減らすけれど、今日は荒北靖友がいるから特別に3つだ。
荒北靖友が目を覚ましたのは、ご飯が炊けた時だった。

「…オハヨ」
「おはよー、朝ごはん食べる派?まぁ食べない派でも作っちゃったから食べてもらうけど」
「拒否権ないじゃんヨ」
「ないない、二日酔いしてる?」
「してない……花菜はしてねぇの?」
「…うん、靖友が水用意してくれたからかな」

どうやら花菜は酔って記憶をなくすタイプではないらしい。荒北靖友は、花菜と下の名前で呼んでと言われたことを忘れられていたらどうしようかと思っていた。少し寝ぼけていた頭も、自身の名が花菜の口から出てきたことによって覚醒した。

「これ花菜が作ったの?」
「うん、卵焼きは自信あるよ」
「いただきます」
「はいどうぞ」

何だか気恥しい気持ちを隠すように、荒北靖友は卵焼きを口に運ぶ。じんわりとだしの味がして美味しいと素直に思う。
花菜も同じようにまず卵焼きを口に運んでいた。

「美味しい!これね、バイト先で味付け教えてもらったんだ〜」
「フーン」

荒北靖友の美味しいという言葉は、花菜の口から出てきたそれに取り込まれてしまった。

「オレは、もう少し甘い方が好きだけど」
「えーそうなの?まぁ私はだし巻きの方が好きだから甘いのは作らないけどね」

花菜は荒北靖友の言葉なんて気にしない。それが好きな人からの言葉だったら別だ。きっと花菜は好きな人の好きなものを作ろうと思うだろう。けれど、荒北靖友は花菜にとって友達だった。作り直そうとも思わない。
こうして一緒に朝ごはんを食べても、友達には変わりないのだ。

「次は砂糖いれてヨ」
「だし巻きに砂糖はちょっと違うから、砂糖入れるんだったらそれ用に練習する」

けれど花菜は、何だか少しだけ荒北靖友に美味しいと言って欲しかった。自分の作ったものを認めてほしいと思ってしまった。


(2018.04.21)