一小節の距離


いくつかコードを鳴らしてノートに書き込む。父から譲り受けたアコースティックギターはじゅうぶん年季の入ったアンティークだが、その音は一級品。

「うーん…こっちはもっと……」

コードの繋がりがしっくりこず、何度も同じフレーズを繰り返す。そうだ、ここはもう少しノスタルジックに…。となると一つ前は…。
何度もノートに書き重ねていく。しっかり真っ黒になったそれは、楽譜と呼べるような綺麗なものではなく、むしろ落書きなんて言われてしまうだろう。それでも耳で覚えたコードは忘れることはないので、この真っ黒なノートも私にはちゃんと読める。それが私だけのものと主張できるようで少し嬉しい。

ギターを弾き始めたのは父の影響だった。父はデュエリストでありながらアーティストでもあり、幼いころからその二つを私に教えてくれたのだが、残念ながらデュエルの才能は開花せず、手元に残ったのはギターだけだった。音楽はいい。言葉を必要としない魂の共鳴だ。それはデュエルと変わらないのではないかと私は思っている。だから、いつか私の音楽でデュエリストたちを応援したい、そう思って若輩者ながらオリジナル曲の制作に日夜没頭しているのだ。

「ん〜、やっぱりしっくりこないなあ…」
「まだやってるのか」
「っ!?」

もう一度フレーズを確認しようとノートに目をやった時、いきなり声をかけられて思わず肩が跳ねる。慌てて声のした方に目をやるとそこにはいつからいたのか「エド・フェニックス」が立っていた。
相変わらず綺麗な顔を呆れさせてため息を吐く彼は私の幼馴染みだ。父同士が同級生で仲が良かったため本当に幼いころからよく遊んでいた。そんな彼も今ではプロデュエリスト。こうやって会うことも稀である。

「エド!帰ってたの!?」
「まぁね。少し時間ができたから顔を見に来ただけさ」
「そう…!おかえりなさい!」

そう迎えると、彼は眉を優しく下げて「ああ、ただいま」と応えてくれた。この頃の彼は表情が優しくなったと、画面越しでもそう思っていた。私は昔のエドが戻ってきてくれたんだと呑気に喜んでいたが、今顔を見てそれは確信に変わる。何か、憑物がとれたように今の彼は穏やかだ。ずっとお父さんのことで気を張っていたようだから……、もしかしたら、それが解決に向かったのかもしれない。

「ところで、君はまだギターを弾いているのか?」
「まぁね!これで生きてくつもりだから!」
「ふーん…」
「今はね、オリジナルの曲を作ってるんだ!」
「オリジナル?」
「うん!エドのお父さんみたいに誰かに喜んでもらえる何かを作りたくて!」

そこまで言って しまった……と口元を両手で覆う。エドにお父さんの話は禁句。それを分かっていながら能天気に話題にしてしまった。またデリカシーがないとか、僕の気持ちなんてどうでもいいんだ とかそんなことを言われてしまう!
……そう、覚悟していたのに、やはり彼は優しく「そう」と言うものだから言葉がない。……ああ、本当に解決したんだね。私には何もできず、ずっと歯痒い思いをしていたから、今エドが笑ってくれることが嬉しくて仕方ない。

「それでオリジナル曲ねぇ。完成の見込みはあるのか?」
「うーん…。作曲自体はどうにでもなるんだよ」
「相変わらず、音楽「だけ」は才能に溢れてるな」
「なんだかトゲがある言い方…」
「そうか?事実だろう?」
「言い返せないから悔しい!!」

悔しさのあまり手元の弦を掻き鳴らすと、彼は楽しそうに声を上げて笑った。その笑顔が見れたならいいか、なんて思ってしまう私はいかにも単純だ。それでも彼はずっと昔から弟のように思っていた…私にとって家族のような存在。だから幸せを願わずにはいられない。

「ーーただ、作詞が難しいの!」
「作詞?歌うのかい?」
「歌う……つもり…いちおう」
「名前が?」
「ねぇー!「うん」って言ったら絶対笑うじゃん!!」
「でもそうなんだろう?」
「うん……」

予想通り、彼は私の言葉に笑った。だけれどそれは馬鹿にしたものではなかった。いや、いっそ馬鹿にしてくれたほうがうんと良かった。

そんな、優しい顔、しないでよ。

見ない間に随分大人びてしまったんだね、と足踏みしていた自分に嫌気が差す。それはエドの責任ではないんだ。勝手にここに立っていた私が悪いんだ。一気に置いていかれた感覚がする。

「エド……?」
「君が歌…か。誰かに宛てた歌か?」
「ま、まぁ……」
「そう。羨ましくて、妬けるな」
「へ……?」
「ふっ、馬鹿みたいな顔してるぞ?あぁ、実際馬鹿だったか」
「な…っ」

真面目な顔で馬鹿にしてくる彼はいつも通りのエドで、言い返したいことがいっぱいあったのに言葉が詰まる。代わりに出てきたのは嗚咽と涙だった。視界がぐにゃりと歪み、エドがギョッと目を丸くする。

「ちょ、名前!?」
「よ、よがっだぁ…!!いつものエドだぁ〜!!」
「はぁ!?」

一瞬感じたのは不安だった。安定した場所を崩されたような、そんな感覚だったのだ。だから誠に不服ながら私を馬鹿にしてくるエドに安心してしまった。よかった、エドはまだここにいてくれてる。

「エド…大人になっちゃったのかと思った〜!」
「は?名前よりはだいぶ大人だろ…?」
「エドだ〜!」
「おい!」

ぎゅーと抱きつくと彼は引き剥がしさえしないが「離せばか」と頭を小突いてくる。やだよーと頭を彼の頬に擦り付けるとはぁとため息をつかれた。

「君、好きな奴がいるのにこんなことしていいのか?」
「そんなの別に……、…………?」
「全く、勘違いされてしまっても僕は一切の責任を取らないからな」
「あの、え、ん?」
「それにしてもあの名前が恋か…。槍でも降るのか?」
「エド?は?いや、普通に失礼だし…なんのこと?」
「……は?だから、曲を作ってるんだろう?」
「え、うん」
「好きな男に」
「いや?」
「え?」
「?」

エドからそっと離れてじっと見つめる。すごく真面目な顔だ。冗談で言ってるわけではないのだろうことは伝わった。だから余計混乱する。
私、そんなこと言ったか?エドに会ってからの自分の発言を必死に思い出す。…が、やはりそんなことを言った記憶はない。どうしたの?と聞こうとする前に、彼はすっーと深く息を吸った。

「忘れろ」

真顔で言う彼に「勘違い」と言う言葉が頭に浮かぶ。なるほど…思春期のエド・フェニックスくんは私がラブソングを書いていると思ったのか。
なるほど。ふーん。なるほどね。

「エドぉ〜〜??」
「おい、ニヤニヤするのをやめろ」
「かわいいじゃんか〜このこの〜!」
「肘で突くな!!ニヤニヤはやめろと言ってるだろう!!」
「耳赤いぞ〜!!」
「うるさい離れろ僕は帰る!!」

ふん!とそっぽを向いた彼はそのまま踵を返して部屋を出て行こうとしてしまう。待ってよー!と止めても返答はない。

「あーぁ。いっちゃった…」

「つれないなぁ」とギターのネックをかけ直しノートに手を伸ばすと、いつのまにか戻ってきたエドに両頬をがっしり掴まれ、首をぐりんとそちらに向けられる。端正な顔が視界一杯に広がったし、首は痛い。

「なに?」
「その歌は真っ先に僕に聞かせろ」
「……え?」
「いいから、そう誓え。今ここで」
「え、え!?えっと、いいけど別に…」
「ならいい」

エドはパッと手を離すと次こそ部屋を出て行ってしまう。一体なんだったのだろうと痛む首を撫でた。

それにしても…。

「エドに聞かせる歌…か」

今まで漠然とデュエリストを応援したい!という思いだけで書いていた歌だったが、思わぬところで形を手に入れた。エドを応援する歌……?そうなると浮かんでくるフレーズがたくさんある。

「よーっし!」

私は再びペンを手にしてコードを書き連ねていく。アイデアが止めどない。彼はそんなつもりではなかったのだろうが、助けられてしまった。心の中であの素直じゃない幼馴染に感謝しながら、私は弦に指を伸ばす。