アリトがいつも立つのは私の左側。
左側って、左耳があって、左耳は右脳に繋がっていて。だから、左側から耳に入る言葉は、声は、右側から入る言葉や声よりも魅力的らしい。
口説き文句は左耳へ。そんな言葉を目にしたことがある人がいると思う。つまり、そういうことなのだ。
ちなみに、男性が目で恋するのに対し、女性は耳で恋するので、この技 (というほどのものではないが) は比較的、対女性に有利だと言えよう。
斯く言う私も女であり、もちろん効果は抜群なのだ。
いつもいつも左側にいるアリトに、私は恋をしている。
アリトが考えて左側に立っているわけがないから、きっと無意識の内なのだろうけれど。でも、それでも、効果はある。
彼の言葉は、声は、私の脳を甘美に震撼させ、呆気なく陥落させた。
だからそう、私は定説どうり、耳で恋をしたのだ。
「なー、また難しいこと考えてんのか?」
また左から、アリトが話しかけてくる。ドキリと心臓が跳ね上がった。耳が…右脳が彼にときめく。どれだけ「違う」と言い聞かせても。理屈じゃあ、処理できないのだ。
「難しいことじゃないわ。至って簡単なこと」
「そう、か?」
にしては難しそうな顔してるな。アリトはそう言って、私の眉間に触れた。思わず肩が震える。
びっくりする。アリトは、すぐそうやって、簡単に壁を越えるから。簡単に私に触れるから。だから、私はどうしようもなくなってしまう。思考を手放してしまう。
ああ、これは右脳の勘違いなのに。
私は静かに耳を塞いだ。
アリトに恋するのが…いや、右脳が勘違いするのが怖くて、嫌で、私はアリトをシャットアウトした。聞きたくない。もう、嫌だ。
アリトが小さく首を傾げて唇を動かすが、何を言っているか分からない。
ああ、やっと恋を止めれる。
そう思っていたのに、もうすでに遅かった。
耳を塞いだ。声をシャットアウトした。
でも、ときめいてしまうのはきっと、もう、全身でアリトに恋をしているからなんだ。
目が、鼻が、口が。身体全て。もちろん、耳も脳も。
もう、言葉じゃ説明できない状態に陥っていた。恋に、アリトに、陥っていた。
「名前?」
耳から手を放し、アリトを見上げる。前までバカにしか見えなかったのにな、恋をしてしまうとまるで私がバカになったみたいだ。
なんでこんなどうでもない表情も好きだと思えてしまえるんだろう。
ああ、恋をしているからか。
私は誰にも分からないくらい小さく頷いて、アリトの左手を掴んだ。そして、左側に並ぶ。
「デートに行きましょう」
言ってアリトの腕を引く。デートなんてよく知らないけれど、まあ、アリトのことだから適当に納得してくれるだろう。
今度は私がアリトの左側から、アリトの右脳を落とす番なんだから。そうやって右脳から順番に、アリトに恋してもらうから。