私たち二人は幼い頃に両親を失い、現在は海馬さんの支援を受けて生活している。海馬さん曰く、「遊城十代の類稀なるデスティニードローを潰すのは、今後の遊戯王界の多大な損失に繋がるから」らしいが、十代はそれを甘んじて受け入れるのを良しとせず、大学に行って恩返しをしたいと考えているみたい。だから彼は今日も放課後を補習に使う。
部活に属していない私は彼の補習が終わるまで校内をぶらつく。バイトがある日は誰かを誘って明るいうちにまっすぐ帰るのだが、それ以外の日は基本こうやって十代を待っている。というのも、私は中学生の頃に一度「海馬コーポレーションを恨む者」に誘拐されたことがあり、当時はバクラさんを筆頭に様々な人に迷惑をかけ、尚且つ幼馴染みたちに夕方以降の一人での外出を固く禁じられてしまったのだ。高校生にもなって一人で外出してはダメなんて、過保護すぎやしないかとは思いつつも、もう誰かの迷惑にはなりたくないため守るほかない。
私は毎日と言っていいほど校内を巡っているので、一年の時から校内マスターを自称している。誰がどこに いついるのか、その大体を把握しているのだ。
とは言っても行くあてもなく、適当に三年の教室が並ぶ廊下を歩く。この時間のここはとても静かだ。三年の教室は三階だから、太陽がよく当たる。夕焼けに染まるリノリウムの床を、なんとなく綺麗だと思いながら歩を進めた。来年はここにいるのが当たり前なのか、そんなどうでもいいことを考えながら、なんの気無しに3年B組の教室に視線をやる。
「あれ」
教室の窓際の席に見知った背中を見つける。机に広げているのをカードだと確認してから、本当は入ってはいけない先輩の教室に踏み込んだ。
「カイザー先輩?」
「ん、遊菜か?」
彼は丸藤 亮。三天才と呼ばれるこの学校最強のデュエリストの一人にして筆頭だ。もともとのデュエルの腕もさることながら、相手をリスペクトしたそのタクティクスはカイザー(帝王)の呼び名に相応しいもので、私は一度も勝てたことがない。
「デッキ調整ですか?」
「まぁ、そんなところだ」
机に広げられているのは少し変更点はありつつも以前対戦した彼のデッキそのものだった。モンスター、魔法、罠…その配分が目で見てわかるほどちょうどいい。こうやって常に進化し続けるから彼はカイザーであるのだろう。
「遊菜は?十代を待っているのか?」
「そうです。校内をぶらついてたらたまたま先輩がいるのが見えたんで」
「そうか」
「先輩はどうしてこんな時間まで?」
「帰ろうとしたんだが…新たな可能性に行きついてしまって、調整していたらこんな時間だ。夢中になりすぎていたな」
「先輩らしいですね」
カイザー先輩は寡黙でクールに見られがちだが、その実以外と天然で抜けたところがある。それに生粋のデュエル脳だから、その頭の中はデュエルのことばかりなのだ。こういうところ彼のファンの子たちは知らないんだろうな、とそんなことを考えて先輩の秘密を知っているみたいでほんの少し嬉しくなった。
「遊菜、暇ならデュエルしていくか?」
「え?いいんですか?」
「ああ、新たな戦術を試してみたい」
「えぇ〜、どうでしょう。一度も勝てたことがない私が、それを引き出せるかどうか…」
「そんな卑屈になるな。お前は気付いていないかもしれないが、いつもいいところまで攻めてくるじゃないか」
「ほ、本当ですか…?」
「俺は嘘を言わない」
「……じゃ、じゃあ…」
先輩の言葉にほんの少し嬉しくなりながら了承する。相変わらず単純だな…と思いつつも、喜ぶ気持ちは抑えられない。今日こそ先輩の期待に応えたい、と私はデッキを取り出した。
「負けた……」
結果はいつも通りの負け。なんとかLPを半分以上は削れたが、カイザー先輩は慌てることもなく、まるで当然のように処理されてしまった。引き運、展開力、攻めのタイミングから伏せカードの対処まで、まるで隙のない帝王のデュエル。それを見せつけられた。
「いいデュエルだった。腕を上げたな」
先輩はそう笑ってデッキをケースにしまう。私も机に広がったカードを集めてケースにしまった。ふと教室の時計を見るとだいぶ時間が経っていたようだ。
「そろそろいい時間じゃないか?」
「そうみたいです」
「十代を迎えに行くか」
「え?先輩も?」
「ダメか?」
「いえ、ダメじゃないですけど…」
「ではいこう。二階の空き教室だったか?」
「はい」
先輩は席を立ち、こちらに手を差し伸べてくださる。そんなか弱い女の子ではないが、断るわけにもいかずその手に自らの手を重ねた。