「櫻子、あなた、そろそろ婚約相手ぐらいいるでしょ?」
穏やかな午後のティータイム。
私の母親はカップをソーサーに戻し、微睡みのように優しい笑顔を浮かべる。
私はタルトを一口頬張り母を見上げる。唇が少し震えた。
母よ、なぜいると決めつけるの?
タルトをもう一口。震えが止まらない。とりあえず落ち着かなければ。
きっと「いない」と本当のことを言っても母は怒らないのだが、そう言えば先月も先々月も同じような質問をされたような気がする。
これは、期待されているのだろうか。ガッカリされてしまうのだろうか。
それはなんだか私が苦しい。
私はフォークをおき、ナフキンで口元を拭う。
そして母を見つめる。
出来心みたいなものだ。
「こう」言ったらどうなるのかという、それだけのものだ。
「いるわ」
至って平然と。
当たり前かのように。
嘘を、吐いてみた。
母に嘘を吐いたのは、これがはじめてだ。
「そう……」
母は涙を堪えたように笑う。
嬉しさと苦さがない交ぜになって心底を渦巻いた。
これは心痛なのか甘美な痛覚なのか、私には分からない。
どこか背徳的で犯しがたく、汚れたなにか。
そんな歪んだ快楽に身を任せていると、母は爆弾を落としてきた。
「ふふ、紹介してほしいわ。櫻子の好い人」
「え」
快楽は全て消え去り、混乱が私を縛り付ける。
これは、予想できていたはずなのに、私はバカなのか。
そうだ。そうなるのが普通だ。
ああ、もう、らしくない失態。
でも、退けやしない。
「そうね。今度、連れてくるわ」
今度っていつよ。
母はきっと「すぐ」だと思っている。
だからこそ、今度っていつなのよ。相手って誰なのよ。
…………。
見つけよう。
相手を見つけよう。
それしかない。
別に、恋人を探す訳じゃない。母が納得すればいいだけなのだから、仮の恋人を用意すればいいの。
そうよ。落ち着いて。
友達なんて片手で足りるぐらいしかいないけれど、いざやってみれば以外とどうにかなるものよ。
手始めに零児に………。
いや、零児はないわ。
彼が嫌とかそういうことではなく、彼がそう言う演技が出来るとは思えないのだ。
もっと、虚無で虚空で自分の生を持たない、そんな人がいいわ。無情で嘘を塗り重ねる器用さを持つ、そんな、人。