「さて、行きますよ月影さん」
「うむ」
私と月影さんがしっかりと顔合わせをしてから一週間後。ついにこの日がきた。
私たちはなれた動作で手を繋ぎ、豪邸を見上げる。
豪邸というか、我が家だ。
この一週間、私たちは恋人というものを調べ尽くした。そして、それに似せた演技も極めた。抜かりはない。
あとは本番だけ。
そう、私はこれから母に月影さんを彼氏として紹介するのだ。
これさえうまくいけば、晴れて自由の身。母から「結婚」「結婚」と言われることはなくなるだろう。
「行きますよ、月影さん……」
「承知」
私はドアノブに手をかける。
いざ、攻略へ……−−−。
「では、櫻子をよろしくねぇ」
上機嫌な母の言葉を胸に、私たちは家を出る。自然と笑みが浮かんだ。
「月影さん……」
「ああ、どうやら任務完了のようでござるな」
「はい!ありがとうございます!」
どれもこれも、こんなバカげたことに付き合ってくださった月影さんのお陰だ。なんとお礼を言ったらいいか分からない。
「本当にありがとうございます。私、迷惑ばかりかけてしまって……」
「いや、今回の経験は拙者にとっても貴重なものとなった。こちらからも感謝を告げさせてほしい。有り難う、小花衣殿」
「そ、そんな!」
月影さんは私を真正面から見据え、穏やかな笑みを浮かべた。少しばかり鼓動が弾む。
でも、今日限りでこの関係も終わりかと思うと、残念な気もした。
なぜだろう。最初から短期間だけなのは決まっていたし、そもそも偽装なのに。
これからまた忍に戻ってしまう彼に胸が焦がれる。もう少し、普通の青年でいてほしいと願うのは、自分勝手だろうか。それ以前に零児に怒られてしまうだろうか。
「……………」
「…………………」
心地の悪い沈黙が広がる。
月影さんも黙ってしまうということは、同じことを思っていると認識していいのかな。嬉しいような、苦しいような。微妙な心持ちだ。
もっと、一気に瓦解しなきゃ……。
「あの、私−−−−っ」
なんでもいい、とりあえず声をかけようと口を開くと、私の体は強く抱き締められた。出かかった言葉はストンと落ちてしまう。何を言うつもりだったかすら忘れてしまった。
ただ、月影さんに抱き締められていると言う事実に頭が一杯で、何もかもがままならない。
まるでからだ中が縛られたみたいに動かない。焦点はゆらゆらと揺れ、口はただ一言だけを漏らした。
「月影、さん………?」
その声は驚きと、戸惑いと、喜びに満ちていた。