フィアンセ様と沢渡くん

「沢渡くん、あまり近づかないでくれないかしら」

俺のフィアンセ、李原桃胡はとてもつれないお嬢様だ。

「そう言うなよ。俺たちはフィアンセ同士じゃないか!」

彼女の手を握ると、眉根を寄せてあからさまに嫌がられる。流石に傷つくぞ。
桃胡とは元々幼馴染みでもあったのだが、その時は普通に仲良く会話もしていた。していたはずなんだ。

どうしてこうなった。

俺は彼女がフィアンセになった時すごく嬉しかった。なぜなら俺は彼女が好きだからだ。
親同士が勝手に決めたこととはいえ、いやだからこそこの約束には実効性が高く、図らずとも彼女と共になれることが素直に嬉しかった。

なのに……。
桃胡は違った。
今までは「シンくん」って呼んでたくせにいきなり「沢渡くん」と呼び始め、あげくの果てにはこの変わり果てた態度。
俺の何が悪いというんだ。それとも、俺以外に好きな人でも……。

そんなこと、考えたくない…!!

「桃胡、桃胡…!!」
「なに……?うるさいんだけど」

ぐぬぬ。そんなに拒絶しないでも……。いや、今はそんなことを言っているんじゃない。桃胡に好きな人がいたら大事件だ。フィアンセの件もそうだが、運が悪ければ親同士の抗争になる。それはお互い望むところではない。

「桃胡は……もしかして俺が嫌いなのか…?」

恐る恐る聞くと、キッと睨まれた。しかしそれは怒っているというより動揺しているように見てとれる。
揺れ動く瞳。言うことを探しているかのように開く唇。行き場のない掌は宙を漂っている。

何がどうしたのかは分からないが、とりあえず嫌われてはなさそうで安心した。
ほっとため息を吐くと桃胡は舌打ちをする。なにも言えないのが悔しいのだろうか。それとも単にイライラしているからなのだろうか。考えても仕方なさそうだ。

「桃胡、今度デートしないか?」
「調子に乗らないでよ沢渡くん」
「あ、はい」

今がチャンスだろうとデートに誘ったらあっさり断られた。昔はよく一緒にお出掛けしてたのになぁ。もうお互いそんな子供じゃないってことなのだろうか。

断った理由も、俺を避ける理由も。何一つ、俺には理解できない。