譲らない想い
※セクハラ·パワハラ発言あり
∞----------------------------𓏲𓎨ෆ ̖́-
未来でも一緒に居られれば良いと願っていたのに。
只傍に居られるだけで、多くは望まない。
だから、傍にいて。
こんなにも貴方を愛してしまった私は、
大嫌いだ、と言ってしまえれば楽だと思う。
愛した日々を忘れてしまえればどんなに良かったか。
私を置いて行った貴方は、私がどんな思いで過ごしていたかなんて考えたこともないのでしょうね。
今世でも私が貴方の元にいることを信じて疑わないでいるのだろう。だけど、私はまた同じ思いをするくらいなら離れる事を選んだ。
好き、嫌い、好き、嫌い、好き、好き、好き……
一目見ればやっぱり好きだと再認識してしまう。覚えていてくれた事が嬉しい。目頭が熱くなってぎゅっと目を閉じた。
私の勤める会社は、中々にブラックな方だと思う。仕事の忙しさの割に給料が見合わず、退職していく人を何人も見送った。新しく人が入っても中々続かず、いつの間にか私も新人を指導する立場になってしまった。
それでも、私がこうして辞めずに続いているのは、同僚に恵まれているからだろう。ある一点を除いては。
そう、上司に恵まれていないのだ。ろくに仕事をしない癖に高圧的な態度やセクハラなんかもあり、女子社員が泣き寝入りなんてこともあった。
私はまだ被害にあっていないけれど、ここ最近上司のお気に入りの子が辞めてしまい、その矛先が私へと向けられつつある。
決起会と称して飲み会が開かれる。『新しいプロジェクトを立ち上げて会社を盛り上げよう!』と意気込んでいるが、それは上司の口だけの言葉で、それに私達は毎度振り回されるのだ。
男は強制参加、女は余程の理由がない限りは連れ出される。その代わりネチネチと理由を聞き出されるけれど。
一度や二度までなら渋々といった感じではあるが、次は参加するようにな、と言って引き下がってはもらえるが、三度目となると、癇癪を起こした子供のように、何でなんだと会社を盛り上げる気はないのかとくどくど言われ、仕事の疲れよりも精神的に疲弊する。
私ももう後がなくなって、今回決起会に参加しなければならない。
その夜の飲み会、私はお酒に強い訳では無いからどうしたものかと悩み、グラスに並々注がれたビールをちびちび飲みながら、上司のグラスにビールを注ぎ、上司が酔い潰れるように仕向けていく。
席は強制的に隣に座らされた。
酔いが回り出した上司はいつも以上に面倒臭かった。やれ俺の酒が飲めないのか、やら終い目には暴言や太腿に触れてきて吐き気がした。
「おいおい、なまえ君〜君そんなんじゃ嫁の貰い手なんてないぞ」
「構ってくれるのは俺くらいだろぉ?」
「お前の良い所なんて顔と身体くらいなんだからよぉ」
「……」
まぁまぁ、部長。そのくらいで……と先輩が庇ってくれようとするが、ウザ絡みが止む事はない。
がやがやと居酒屋特有の賑わいの中、襖で隔たれた隣の部屋から上司と部下らしき人物のやり取りが聞こえてきた。
尾形が背後から聞こえる会話を何となく聞いていると、酔っ払った上司がぐちぐちと絡んでいるのが分かる。
その会話の中で、《なまえ》の名前が聞こえて、偶然にもずっと捜していたなまえと同じ名前にぴくりと尾形の身体が跳ねた。
意識を其方に向けて様子を窺う。段々不穏な空気に包まれ始め、尾形は顔を顰めた。その様子に気付いた、此方の社長である鶴見が尾形を呼ぶが、尾形が返事をする事は無い。
それに周りが気付き始め、会話がぴたりと止んで皆の意識が尾形へと向かう。隣に座る宇佐美が『鶴見社長が呼んでるのに無視すんな』とぷりぷり怒っているが、そんな事は尾形にはどうでも良かった。
なまえの口から小さな悲鳴が聞こえて、怒りに手に力が入り、手にしていた割り箸を真っ二つに割る。
もう黙って聞いていられなかった。
スパンと勢いよく襖を開けて、『ちょっと静かにしてもらえんですかねぇ。折角美味い酒を飲んでるのに不味くなるじゃありませんか。おや?立場を悪用してセクハラですかな?』とにこりと笑みを浮かべて早口で言うが、そのこめかみには青筋が立っていた。
なんだお前はと突っかかってこようとする男をぎろりと睨み付けて目で制する。男が怯むのを横目に、なまえに声を掛けて席を外すよう促した。
まぁ鶴見さんなら察するだろうと、ここに宇佐美がいるのが後々面倒臭いけれど、どうでもいいと思うくらいに、今はなまえを優先したかった。
尾形は自分の鞄となまえの鞄を持って、顔色の悪いなまえを店の外へと連れ出した。
「……大丈夫か?」
「ありがとう、ございます……」
「……送ってく」
「いえ、大丈夫です」
「大丈夫って顔じゃねぇだろうが」
「だからっ、大丈夫って言ってるじゃないですかっ」
「おいっ」
なまえを支えるように腰に腕を回すと、びくりと身体を跳ねさせたなまえが、尾形を押し退けようとする。『んな真っ青な顔して何処が大丈夫なんだよ』と言う尾形に対し、なまえは声を荒らげ尾形の腕の中から抜け出した。
その拍子に、酔いが回ったのかぐらりとなまえの身体が傾き、咄嗟に引き寄せた。なまえが息を呑む気配がした。
尾形となまえが去った後、尾形の口撃により怒りを顕にさせ、アルコールと怒りにより真っ赤な顔をしてぷるぷる震えているなまえの上司を、他の人間が冷めた目で見ていた。
尾形が飲みの席で隣の客の元へ行くのも珍しく、騒動を興味津々といった様子で見ていたが、流石に女子社員にセクハラをするのは可哀想でしかない。
尾形なら、傍観しているだろうし、面倒事に自分から首を突っ込んでいくなんて事はないだろう。けれども、尾形は般若の如くその上司とやらにお得意の嫌味と、言い返す事も出来ない程のダメージを相手に負わせたのだ。
尾形にそうさせるだけの相手であると思った鶴見は、その上司が得意先の相手である事に気付いた。尾形がそこまで気付いているかは分からないが。ふむ、と顎に手をやり思案顔を浮かべる。
ここで、一役買っておいても損ではないだろう。そう思い、上司に声を掛けた。
相手が鶴見を見るなり、その顔がみるみる真っ青になっていく。ああ、これは違うんです……と挙動不審になりながら弁解する。
鶴見は、態とらしく溜息を吐くと、『御社との取り引きを見直した方がよろしいですかな』と言い、目の前の男はへなへなと頽れた。
鶴見としてはここで、この男の弱みを握っていれば何かと役に立つかもしれないな、といった考えであるが、タイミング悪く現場を目撃された男は、社会的地位を失ったといったも同然であった。
後に鶴見がなまえを自社に引き入れようとするのだけれど、なまえが転職するのかどうかは現段階ではまだ分かっていない。