消せない痛み
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頭の中がぐちゃぐちゃだった。
私の態度が悪かろうが、尾形さんは気にする素振りを見せなかった。それよりも尾形さんの肩に凭れ掛からせて頭まで撫でる始末で。
困惑する私を他所に、タクシーは目的地へと向かっている。
あの時、叫び声を上げて尾形さんから逃げる事も、目的地の変更を告げる事だって出来た筈なのに、こうして尾形さんに寄り掛かり大人しくしている私は、同乗した時点で全て受け入れていたと言っても過言では無いだろう。
逃げたいと、関わりたくないと思っている反面、私の行動はそれに反している。
どうしたって私は、近過ぎる距離にどきどきしてしまうのだ。
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目的地に到着して、尾形さんに続いてタクシーを降りる。
目の前には超高層タワーマンションが建っていて、私はぽかんと口を開けて見上げてしまった。
おい、行くぞと腕を引かれて中に入っていく。最上階の全てが尾形さんのものらしく、住む世界が違うと思った。
シャワーを浴びるように言われ、バスルームへと押し込まれた。ここに来た時点で、そうなるかもしれないと思ったけれど、改めてそう思うと胃が重たく感じた。
只純粋にシャワーを貸してくれているだけかもしれないが、身体の関係を求められる可能性もゼロではない。
上司に言われた《私の取り柄は顔と身体》と言う言葉が刃となって胸に刺さった。
のろのろと衣類を脱ぎ脱衣かごに入れさせてもらい、重い身体を引き摺るように浴室の扉を開け中に入る。触れられた感触まで思い出してしまい、気持ち悪さを掻き消すようにシャワーハンドルを冷水の方に捻った。
頭から冷水を浴びる。不思議と冷たさは感じなかった。
タイルの上にぺたりと座り込み、太腿を擦る。いつまでもあの脂ぎった手の感触がこびり付いて離れない。
悔しくて、悲しくて、気持ち悪くて、色んな感情が綯い交ぜになり涙が零れた。
︙
「……なまえ?」
尾形は着替え――と言っても女物はないから自分のスウェット――を用意し、バスルームへと向かった。
着替えをかごに入れ、翌朝着れるように脱がれた衣類を洗濯機に入れスイッチを押した。
扉越しに夢主に声を掛けるが何の反応もない。怪訝そうに眉根を寄せ、再度声を掛けるも同様だった。
もしかして、と尾形の中に嫌な予感が生まれ、開けるぞと言う言葉と同時に扉を開けた。
「チッ。おいっ、馬鹿か!何やってんだ!」
「……」
湯気が上がっていない事が明らかで、尾形は自分が濡れるのも構わずなまえに近寄った。春先とは言え、冷水を浴びる等以ての外だ。
急いでハンドルを温水の方に捻り、熱めの水温にしてなまえの身体に掛ける。それと同時に浴槽に湯を立てた。
なまえの顔を覗き込むと、虚ろな瞳が尾形に向けられる。尾形に気付くと、その瞳が揺れぐっと唇を噛み締めたなまえは尾形から顔を逸らして俯いた。
その瞬間、尾形は何とも言えない感情に苛まれ、なまえを抱き締めた。びくり、となまえの身体が跳ねる。なまえが身動ぐが、諦めたのか尾形の胸に額を押し付けた。
尾形は、はぁ、と内心で溜息を吐く。正直抱きたいと思う。けれどもここで手を出す訳にもいかない。据え膳とも言える現状で、手を出さないという選択を選んだ尾形が耐えれるだろうかと思うのだ。
傷ついているだろうなまえに手を出すなど、あの男と何ら変わらない気がするし。尾形は視線を上に向け、遠い目をしていた。
尾形となまえは一緒に湯船に浸かっていた。
なまえを一人にさせるのも心配で、なまえの髪と身体を洗ってやり、尾形もシャワーを浴びるつもりだった為、濡れたついでに洗う。
甲斐甲斐しくなまえに世話を焼く尾形の様子は、前世と掛け離れている気がして何処か可笑しく感じた。
濡れたワイシャツとスラックスは後でクリーニングにでも出すとして、取り敢えず脱衣かごに放り込む。
そして先程記載したように湯船に浸かったのだった。
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「はぁー…上がるぞ」
浴室内には只只沈黙が続いた。ちらりとなまえに視線を落とすと、温もった事により肌が薄らと上気していた。
ああ、マズイなと思う。反応しそうになり、盛大な溜息を吐いて意識を逸らす。
元々長湯するのが苦手でゆっくり湯に浸かるという事をしない尾形にとって、なまえの為に温度も高めに設定したのはかなり堪える。このまま入っていると逆上せ兼ねない為、なまえに上がるよう言うと、なまえも素直に従った。
尾形はさっさとスウェットを身に纏うと、なまえに『さっさとそれ着て出て来い』と一方的に言ってドライヤーを手にリビングへと姿を消した。
なまえには尾形のスウェットは大きかった。だぼだぼの裾を引き摺るようにして出て来たなまえを見遣り、『あークソ可愛いな』と思うのだ。
なまえをソファーに座らせると髪を乾かしていく。
《お前いつもあんな扱い受けてるのか》と聞こうとして喉まで出かけた言葉を飲み込んだ。傷口に塩を塗り込む事をするべきではないし、何より自分以外がなまえに触れたという事実が腹立たしくて仕方ない。これが明治の時であれば瞬殺してやるのに、と思う程に。
まぁ、社会的な意味で抹殺したようなものだから、もうなまえに接触する事はないだろう。
手厚い待遇に私は困惑していた。恋人のように一緒にお風呂に入って髪と身体を洗われ、湯船に浸かって髪も乾かしてもらうという現状に。
それがたまたま私だっただけで、私以外の女の子が困っていても同じ事をするのではないかと思うと、ちくりと胸が痛んだ。
離れたいと思っている癖に、尾形さんに近寄る顔も分からない空想の女性に対して嫉妬してしまうなんて。
私は怖いのだ。今世でも尾形さんの傍にいて尾形さんしか見えなくなって、尾形さんが居なくなった時の孤独感と絶望感を味わうのが。それでも、尾形さんの隣にいる心地良さを感じ始めた私は、このどうしようもない感情を受け入れる事になるのだった……。
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《後書きという名の言い訳》
ここで夢主が抱いて……って言う展開も考えたりしてたけど、そこまで行きませんでした。
前世とは掛け離れた素直なスパダリ尾形さん見てみたいなーとか思ったりしたんで。只、本質は変わってないから夢主に執着しているのは変わらないと思う。
もだもだしてる二人を見てるのは楽しいけど、そろそろ引っ付いても良いかなとも思う……