それでも願う、ただ傍に
尾形さんが饒舌です。漸く結ばれた二人の話。
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『気付いてるか?俺を見る目が好きだと言ってるんだがなぁ……』
机に頬杖をつき、じぃっと此方を見つめるその真黒な瞳が、何を考えているのかなまえには分からなかった。けれども、獲物を逃さぬよう、じわじわと追い込んでいくような錯覚がして、こくりと思わず唾を飲み込んだ。
言い返そうと口を開けたが声にならず、はくはくと金魚のように口を開閉させるしか出来ない。喉が酷く渇いた気がして、無意識に唇を舐めた。
見つめてくるその視線に耐えられず、視線を手元に落とす。目の前の男からは、穴が開くのではないかと思う程に凝視されていて居心地が悪い。
沈黙は肯定を意味する。それが分かっているけれど、忙しなく目を泳がせる事しか出来ない。鼓動が嫌に速く、胸が苦しくなった。照れや羞恥によるものではなく、緊張によるものだった。
「っ、泊めてもらって、良くしてもらった事には感謝します。でも、今後尾形さんと会うつもりはありません」
「あ゛?」
小さく深呼吸して、意を決して告げるその声音が嫌でも震えてしまう。言葉にした途端、尾形が眉間に皺を寄せ思い切り顔を顰めた。
地を這うような低い声音に、尾形の顔を見なくても凶悪な顔をしている事が容易に想像出来た。でも、ここで怯む訳にはいかなかった。
「本気で言ってんのか」
「尾形さんは、結局私の事なんて何とも思ってなかったじゃないですか」
「……」
ふと、尾形の声音に怒りが含まれていない気がして、ちらりと様子を窺い見ると複雑そうな、それであって何処か愁いに沈んだ顔をしていて、拍子抜けする。
それでも、一度零れた気持ちはもう止めようがなかった。
「あの時、尾形さんの中には私の存在なんて一欠片も無かった。アシㇼパちゃんに義弟さんを重ねて、アシㇼパちゃんに殺される事を望んでたんじゃないですか!?結局私は都合の良い女だったんでしょう?」
「……は、」
一気に捲し立てると、尾形が圧倒されたような表情を浮かべていた。都合の良い女だと自分で言いながら、それを突き付けられ目頭が熱くなった。
涙の膜が張って今にも泣き出しそうになり、勢い良く立ち上がると玄関へと向かおうとする。
がたん、と椅子が倒れる音がしたが気にしていられない。それは尾形がなまえを追い掛けて勢い良く立ち上がったからだった。
尾形は倒れた椅子をそのままに、なまえの腕を掴んで引き留めると暴れ出すなまえを腕の中に閉じ込めた。
︙
「なまえ……」
「は、離して!もう前世の記憶に振り回されるのはうんざりなんです……もう放っておいて……うぅ」
ぽろぽろと涙が零れ落ちる。尾形の胸を押してもびくともしない。尾形は嗚咽をもらすなまえの背中を撫でた。
「……確かにあの時の俺は、好きだという感情が分からなかった。罪悪感を感じている事を認めたくなくて勇作さんの亡霊に取り憑かれていたし、それから逃れたかったのも事実だ」
「……」
「今でも欠けた人間だと思ってる。けど、お前の泣き顔を見ると胸が苦しくなるし、あの時みたいに笑った顔がみたい。傍にいて欲しいと思う……今世こそは添い遂げたい……この気持ちは、好きだって事じゃないのか?」
なまえの強張った身体から力が抜け、ずるずるとその場に頽れる。尾形もその場にしゃがみ込み、しおらしい面持ちでなまえを見つめ、指の腹で涙を拭う。
きゅっと唇を噛み締めたなまえが尾形を見つめる。本心かどうかを探っているのだろう。
「なまえ、好きだ」
「……私も……ずっと、尾形さんが好きです……」
なまえは目を泳がせていたが、観念したようだ。ぽつりと消え入りそうな声音で呟くその言葉を、耳を澄まして聞き取る。
ぐわしっと胸を握り締められたような衝撃を受けた尾形は、思わず息を詰めた。尾形に祝福が与えられた瞬間、歓喜に涙が溢れそうだった。
正直少し緊張していたし、無駄に自身の頭を撫でてしまう。
ははっと笑い声を漏らすと、なまえの唇にそっと唇を重ねたのだった。