モブからの餞を食らえ
はじめましての印象は、なんだか暗い奴。
濃い隈を携えてじっとりとした目線が少し怖かった。
その次の印象は、ちょっと可哀そうな奴。
元々ヒーロー科を受けてたってのに、敵向きの個性だなんて言われて、
悲しそうな眼で笑ってた。
さらに次の印象は、意外と熱い奴。
普通科から1人、本気でヒーロー科に食い下がって、必死で戦って、負けて、悔し涙を流していた。
すげえな、かっこいいな心操。
お前ならきっとヒーロー科に編入して、そのままヒーローになっちまうんだろうな。
ただのモブどまりの俺を置いて。
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雄英高校普通科1年C組。
トップヒーローも輩出したヒーロー科を有する国立名門高校の普通科。
ここに通う生徒っていうのは、そのほとんどがヒーロー科を目指して不合格通知を食らった奴らだ。
そして俺はそんな雄英高校普通科では非常にレアな、元々普通科志望の生徒だ。
小さいころから実家の家畜たちを愛してやまない俺は、ヒーローに憧れるなんてことは全くなく、実家を継ぐんだと勝手に決めていた。
両親は家のことより自分の夢を追いかけてほしかったみたいだけど、あいにく俺の夢は心の底から酪農家で。
本当は中学卒業したらそのまま酪農家になりたかったんだが、どうしても外の世界を経験してほしいっていう親の頼みで、学費の安い国立高校に入学したわけだ。
だからヒーロー科への劣等感バリバリの普通科の生徒たちの中で、のほほんと牛や羊のことばっかり考えている俺はめちゃくちゃ浮いている。
でも浮いているのは俺だけじゃない。
同じクラスの心操人使。
彼もなかなか周りから浮いていた。
いかんせん友達ができない俺は、浮いている同士友達になれないものかと心操を観察していたことがあるんだが、その時に他の奴らと違って彼の目に浮かぶのは劣等感ではなくて対抗心であると気付いた。
心操は負のオーラばっかの同級生の中、負の化身みたいな見た目して誰よりも前向きに、本気でヒーローっていう夢を諦めていなかったんだ。
いいじゃん、かっこいいじゃん。
それに気付いた俺は持ち前のコミュ力(EX)で心操に話しかけまくり、見事友人という称号を得ることに成功したのだ。
でも、体育祭で心操のかっこよさに皆が気付いた。
今まで心操を遠巻きにみていた奴らが心操に話しかけるようになった。
自分の個性を知っているはずなのに親しげに話しかけられることに、心操自身も嬉しそうで俺は一人でもやもやしていた。
それに休み時間や放課後、心操は用事があるとか言って俺に構ってくれなくなった。
噂ではヒーロー科の先生と一緒にいたとか。
体育祭の活躍でヒーロー科への編入の話が進んでるんだとか。
そんなめでたい話なら、俺に教えてくれてもいいのに。
心操が知らない誰かの話題に上がる度にもやもやした気持ちが広がる。
構ってもらえないからって放課後はさっさと帰ってマチ子(牝牛)に愚痴を聞いてもらう日々。
そんなある日、良夫(牧羊犬)と花子A〜F(羊)に話を聞いてもらっているうちに、俺は天啓を受け取った。
このもやもやの原因は、俺が心操のことを好きだからだ。
今までなんだか分かっていなかった感情に嫉妬という名前を付けることができてすっきりする。
それと同時に俺はなんて馬鹿な恋をしているんだと頭を抱えた。
いや、そういう意味で好きになるなんてどういうつもりなんだよ俺。
もし万が一何かが起きて奇跡的に俺の恋が叶ったとしても、最終的にヒーローと酪農家だぞ。
すぐに別れる未来しか見えない。
ていうかそもそもこの恋は叶わないだろう。
そんなことを勝手に考えて涙目になっていたら花子D(羊)が慰めてくれるかのように俺の前髪をもしゃりと食んだ。
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想いを自覚してから、気まずくなって心操に話しかけられなくなった。
なんてことはなく、俺は今までと全く変わらず「お前、ほんとマシンガン」って言われちゃうくらい心操に話しかけ続けた。
控え目乙女な俺の恋心はそんな会話の最中に心の中で「好き」と織り交ぜてくるくらいで、なかなか可愛らしい。
そんな端から見ればずっと変わらない俺たちの関係は、ある秋の日に変化の兆しを見せた。
「名前!」
その日、心操だけ特別な何かがあるようで授業が公欠扱いになっていた。
またヒーロー科関連で何かあるのかな。
俺にだけでいいから、教えてくれればいいのに。
いつもの如く非常にもやもやしながら次の授業の準備をしていれば、体操服に何か布をぐるぐる巻きつけた心操が嬉しそうに教室に飛び込んできて俺のことを呼ぶ。
「どしたの心操、なんで体操服着てんの、その布何、」
「俺、ヒーロー科転科できる!」
いやいやいやいやまじでちょっと待って。
嬉しさのあまりかちょっと涙目で、それでも今まで見たことないレベルの笑顔を浮かべる心操はめちゃくちゃ可愛くて俺もハッピーって感じなんだけど、そんなん寮も離れるし授業も教室も全部別で俺たちの友情終了のお知らせ待ったなしな内容なんですが。
そんなん無理です!解釈違いです!なんて悲鳴を上げる俺の恋心とは裏腹に、俺の表情筋は見事に笑顔を作り上げて、心操のことを祝う。
そして俺宛の報告を聞いてやがったクラスメイト達がそこから心操をもみくちゃにして祝い始めたから、俺はそっと逃げた。
それはもう見事に逃げた。
心操と(その他大勢と)一つ屋根の下だって喜んでいた寮生活も、俺の話を聞いてくれる家族(家畜)が居ないのは非常に寂しい。
こんなつらい気持ちを抱えた日にはいつだってアンディ(豚)の鼻を押すことで元気をもらえてたのに。
これから心操もいなくなっちゃうなんて、俺まじぼっちじゃん。
恋心云々を置いといてもめちゃくちゃ寂しいじゃん。
リビングフロアで有志により行われている心操おめでとう会のどんちゃん騒ぎをBGMに、うるんだ眼を乾かそうとベランダに出る。
「う゛う゛う゛う゛う゛〜」
やだ〜、星空めっちゃ綺麗〜!
感動〜〜〜〜!どんだけ〜〜〜〜〜!!
あまりの綺麗さに心のオネエと戯れてごまかそうとしてみたけれど、マジで涙が出てきた。
泣かないために出てきたのになんで泣いちゃうかな。
とりあえず心のままにぶっさいくなうめき声をあげてみる。
「名前?」
すると、隣の心操の部屋のベランダにおもむろに心操。
いや、なんでいるのよ心操くん。
どんちゃん騒ぎの主役は君じゃないの?
「なんで泣いてんだお前」
「星゛空゛め゛っ゛ち゛ゃ゛綺゛麗゛」
「純粋かよ」
待って、その笑顔ちょー好き。
俺の渾身の泣き芸により見られた心操の笑顔にときめきながらも、俺の恋心的にこれ以上ブス顔を晒しているわけにはいかず、目をかっぴらいて夜風に当てる。
「なあ、名前。やっぱり俺がヒーロー科行くの嫌か」
俺が夜風とのドライアイをかけたバトルを繰り広げる中、心操はそんなことをぽつりと呟いた。
「…なんでそう思うの?」
「なんとなくそうなんじゃねえかってずっと思ってた。俺が本気でヒーロー科行こうって体育祭に必死だったときくらいから、なんか違和感あったっていうか。その前は俺がどこ行こうが無理やりついてきてたのに、相澤せんせのとこ行くときとか追っかけてこねえなって」
「別に、嫌なわけじゃねえよ。自分のことみたいに嬉しい」
なんだ、心操はやっぱりすげえなあ。
俺ってば全然ごまかせてなかったんじゃん。
「俺さ、心操がヒーローのこと絶対諦めないって目してたからかっけえなって思って友達になったんだよ。だからすげえおめでとうって気持ちだし、誇らしいって思う」
せっかく乾いた目がまたうるんでくる。
「でもさ、心操がヒーロー科行っちゃったら教室も別だし」
「うん」
「授業も全然別だし」
「うん」
「寮だって別になっちゃうじゃん」
「そうだな」
相槌をうつ心操の声が優しくて涙がこぼれかける。
「俺、心操と全然会えなくなっちゃうの、やだ」
あ、こぼれた。
「別に二度と会えなくなるわけじゃねえんだから、泣くなよ」
「泣きます。だってあと2年ちょいしかないのに、しかもヒーロー科くそ忙しいんでしょ」
「卒業したって会えないわけじゃねえだろ」
「心操ヒーローになったら都会行くじゃん。俺、山、牧場」
「俺が会いに行けばいいだろ」
「…会いに来てくれるの?」
「そりゃ、友達には会いに行くだろ」
まじか。
俺はてっきりたまたま同じクラスでたまたますげえ話しかけてくるから友達でいてくれているもんだと思い込んでいたんだが、心操は意外と俺をちゃんと友達としてくれていたらしい。
恋心はちょっと置いておいて、少なくとも友情の点では俺の心のもやもやは全部吹っ飛んでいった。
心操と同じ空間で過ごすあと数ヶ月、全力で楽しまないとな。
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