汝の隣人を愛せよ
いつからか俺の部屋には自称魔法使いが現れるようになった。
最初に奴が現れたのは、厄介な事件への緊急招集で疲れ切った状態で帰宅した時だ。
自分の部屋の鍵を開けると、何やらいい匂いがして不審に思い玄関に留まる。
すると奥から柔らかな「おかえりなさい」という声と、知らない男がひょっこりと顔を出した。
意味が分からなくて一瞬頭がフリーズする。
あまりにも自然に存在している男に、疲れすぎたゆえの幻覚と幻聴かと結論づけ、このままもう寝てしまおうとスルーして寝室に向かう。
「ごはんできてるけど、食べない?」
「いい、寝る」
「そっか、お疲れさま。ゆっくり休んで」
自然すぎるその会話に本気で頭がおかしくなったかと思ったが、一晩明ければ男の影も形もなく、ただ夢を見ていたということにして、そのままいつも通りの1日を過ごした。
教師としての業務をすべて終え帰宅すれば、再び玄関でいい匂いを感じ、まさかと思っていれば、昨日と同じく知らない男が奥から顔を出す。
「おかえりなさい、早かったね」
夢や幻覚じゃなかったのかと固まれば、荷物を取られ、上着を脱がされ、そのままリビングへと誘導される。
食卓には色どり鮮やかな料理がならび、ソファーには溜めてあったはずの洗濯物がきれいに畳まれている。
そして、昨日はそのまま寝室に向かってしまったし、朝はぼうっとしていて気付かなかったが、リビングは隅々まで掃除されていて、入居したてかってくらい綺麗になっていた。
あれよあれよと食卓に座らされれば、目の前に暖かな湯気を立てた味噌汁の入ったお椀が置かれる。
一体どうなっているんだと個性を使ってみたけども、男は個性を使っているわけじゃないのか何の変化も起こらず。
「なあ、昨日からお前なんなんだ」
「オレ?オレは魔法使い。イレイザーのために来たんだよ」
様子を伺ってうだうだするのは非合理的だな、と率直に聞いてみれば、的を得ない答えが返ってくるだけで。
一晩明ければ再び男は姿を消していた。
飯は旨かった。
それからというもの、自称魔法使いは毎日俺が帰ると家にいて家事を片付けているようになった。
男の存在はなんとも腑に落ちないが、特に実害もないし、俺が家事をする必要がなくなるという非常に合理的な存在だったため、そのままそっとしておくことにした。
いつも鍵が閉まっていることや、玄関の様子、夜中に物音がしないという点から、男の個性は瞬間移動とかワープの類なんじゃないかと推測する。
それが正しければ珍しい個性だ、登録数は少ない。
一体何者か調べがつくかと思いきや、それらしき個性で登録されている人間に男のデータはない。
個性届を出していないのか、はたまた別の個性なのか。
俺は誰かに調査の要請をすることもなく、不審な自称魔法使いとの生活を続けていた。
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不可思議な生活が続くこと半年以上。
すっかり感覚の麻痺した俺は、授業中に入り込んできた敵との戦闘中に男のことを考える。
いかんせん、ダメージを受けすぎた。
今にもトびそうな意識をぎりぎりで保って、生徒たちを守るために戦闘を続行する。
俺がずっとあの家に帰らなかったら、あいつはどうするんだろうか。
変わらず、家事をしながら俺を待ってくれるんだろうか。
ようやくやってきたオールマイトの姿を確認して、このまま死んじまうかもしんねえななんて思いながら俺は意識を手放した。
あれからどれくらい経ったのか、布団越しに感じる妙な重みで目が覚めた。
自分の状況を確かめるために目を開こうと試みるも、上から包帯が巻かれているようでうまく開けない。
せめてこの重みの原因を確かめようと手を動かそうとするも、こちらも固定されているのか動かず、布団の中でうごうごもぞもぞとしていれば、俺の上から重みが消えた。
「おはよう、イレイザー」
聞きなれた声が落ちてきたと思えば、滑らかな手に頬を撫でられる。
「ここ、どこだ」
「病院だよ」
「なんで、ここに」
「生徒たちを守って戦って、大怪我したんだよ」
「それは知ってる。お前は」
「オレがなんでいるのかって?だってオレは魔法使いだもん」
自称魔法使いは相も変わらず的を得ない回答をする。
「イレイザーが怪我したの見えたから。オレ、本当に心配したんだよ。頑張ったね。お疲れさま」
いつもと変わらない柔らかな声に安堵して、少し泣きそうになった。
こいつはいったい俺のなんなんだろうな。
得体は知れないし、目的も不明。
ただただ俺の前に現れては甲斐甲斐しく世話を焼く。
名前も個性も知らない、赤の他人だったはずの男。
それなのに、いつの間にか死にかけの時に顔を思い浮かべてしまうほどの存在になっていた。
近くにいるだけで、声を聞くだけで妙に安心するようになってしまった。
「なあお前、本当に何なんだ」
お前にとって俺は、そして俺にとってお前は。
「オレは魔法使いだよ。イレイザーだけの、魔法使いなんだ」
いつも以上に柔らかく、そして心なしか甘さを含んだ声に、俺は魔法をかけられたようにそのまま眠りの世界へと落ちていった。
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