花喰




酒場に行けば出禁だとか言われて追い出されたからキレた。


「ヴィータの癖に客を選り好みしてんじゃねーよ!」
「金を払わない奴は客じゃねえ!帰んな!!」


今日は朝からクソヴィータにくだらねえことに付き合わされてむしゃくしゃしていた。
酒を飲まねえとやってらんねえと思って酒場に来たってのに、イラつく気持ちに追い打ちをかけられる。


「お酒が、飲みたいのかい」


埒のあかねえ店主には実力行使してやろうかと武器に触れたところで、やけに静かな声が割り込んできた。


「ああ、ナマエ!危ないからどいときな」

白い髪に青白い顔、細い手足。目の焦点はどこか合っていない。
そんな見るからにひ弱そうな男が1人、杖をつきながら近付いてくる。


「どんな酒でも構わないってならうちへおいで。
 誰も飲まない酒が残ってしまっていて、困ってるんだ」
「こんな荒っぽい男、関わらないほうがいいよナマエ」
「大丈夫さ、彼が何をしようと僕はもう死にかけだからね」

周りにいる奴ら全員が男を心配そうに見やる。

「もちろん、お金なんか要らないよ。ただこの荷物を持ってくれると嬉しいな。」

男の手には大した重さもなさそうな袋がひとつ。

「へえ、いいじゃねえか。特別に俺様がその酒飲み尽くしてやるよ」

ちょっと荷物を運んでやるだけでタダ酒が飲めるってんなら、こんなに旨い話はない。
俺は男の提案に乗ってやることにした。



男は目が見えないらしく、杖で足元を確認しながらゆっくりと歩く。


「子供の頃は見えていたんだけどね、ある時から全く見えなくなってしまったんだ。
 普段、ほとんど家から出ないものだから杖なしだと歩き慣れなくてね」


落ち着いた声がぽつりぽつりと語る。
全く興味のない話だったが、自然と耳に残る声だ。


家々の間を縫うように村の奥へ奥へと進んでいく。
最も栄えている村の中心部からはだいぶ離れた、まるで森に隠されているかのような場所に男の家はあった。


「さあ着いた。キッチンの棚のどこかに酒瓶があったはずなんだ。
 勝手に見つけて飲んでくれて構わないよ。食べ物も好きにしてくれていいからね」

言われた通りに棚を漁れば、未開封の酒瓶が大量に出てくる。

「へえ、すげえ溜め込んでんじゃねえか」
「やっぱりかい?父が酒飲みだったからね、それっぽい瓶がたくさんあるなって思ってたんだ」

一番手前にあった酒瓶にそのまま口をつける。
お、すげえ旨えなこれ。


タダでいい酒が飲めるってことにすっかり機嫌の直った俺は、男との会話に花を咲かせながらその夜を過ごした。




男の家には一晩で飲み切れないほどの酒があり、俺は全部平らげるために度々男の元を訪れた。

男はいつも家に居て、俺が行く度に外の話を聞かせるよう強請った。


「いらっしゃい、フラウロス。
 今度はどんなことがあったんだい。聞かせておくれ」


男の静かな声は不快じゃない。
タダ酒の礼代わりとして、俺は男が求めるがまま有る事無い事話して聞かせた。




1人で飲み続けた酒は3ヶ月ほどで底をついた。
元々無くすために俺に飲ませていた酒だ。
今後買い足されるようなことはないだろう。


「全て飲みきってくれたんだね。ありがとう、助かったよ。
 君さえよければいつでも来てくれ。また話を聞かせてくれると嬉しい」


残念ながら、酒の切れ目が縁の切れ目だ。


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それからガキが面倒ごとを持ってきやがったり、再召喚なんてことがあったりしながらも、いつも通りの日常を過ごしていた。
タダ酒が飲めなくなったのはイタイが、やりようはいくらでもある。
うるせえ小言ヤローの目を盗んでクソヴィータから金を巻き上げたりな。

街をぶらついて、可哀想なやつを助けてやって金をせしめて、酒場に入り浸って、たまに呼び出されて幻獣をぶちのめして。

酒場を出禁になれば別の酒場を求めて街や村を転々とする。


そんな日々の中で気がつけばあの村へと戻ってきていた。



「あっアンタ!」
「あ?」
「前にナマエのとこに出入りしてたやつだろ!」

村をふらついていれば知らねえおっさんから声をかけられる。

「ここのところナマエのこと誰も見てねえんだ。
 だが、誰も奴の家の正確な場所がわからなくてな。様子を見に行ってやってくれねえか」


そう言われて、なんか反応する前に食べ物やらなんやらを持たされる。


「飯も食える状態かわからねえが、もう食いもんは何もねえはずだ。持ってってくれ」


おっさんはそのままさっさと消えちまった。

別に言うことを聞いてやる義理も何もない。
このまま持たされた食料とかをかっぱらって別の村に行ったって構わねえ。

だが、なんとなくあの静かな声をもっかい聞いてやってもいい気分になったから、俺は数ヶ月ぶりに男の家に行ってやることにした。




分かり辛いが通いなれた道を辿り、森に隠された家へと勝手に入る。

…生き物のにおいがしない。

もう死んじまってんじゃねえのかと思いながらも男がいつも居た部屋に向かえば、酷く痩せこけて生気の無くなった男がベッドに横たわっていた。
物音に気付いたのか、俺が部屋に入るとすぐにその何も映さない目を開いた。


「誰か、来たのかな」
「…俺が来てやったぜ」
「ああ、フラウロス。戻ってきたんだね、もう来てくれないかと思ったよ。
 また外の話を聞かせてくれ。どんな人がいた?どんなものを見た?」


男はゆっくりと体を起こしながら話を乞う。


「知らねえおっさんがお前に持ってけって食いもん寄越してきたけどどうすんだ」
「僕はもう何も食べられないから、君がお食べ」
「…いつから食ってねえんだよ」
「いつからかな。身体が受け付けなくなっちゃってね」

そう笑う男の顔はまるで骸骨だ。
濃い死の影が見える。


「この家のものはどうしてくれても構わないよ。本当に僕はもう長くない。
 どこにも行けないし、何にも使わないから全て君にあげよう」




男のためにと持たされたものの中からリンゴを拝借して齧る。

ぽつりぽつりと俺が来なくなってからのことを静かな声で語った男は、それだけで体力を使い果たしたのか律儀に断りを入れてから眠りについた。
よく見れば胸が上下するのが分かるが、ぱっと見死んでいるようにしか見えない。

このまま金目のもの貰って、さっさととんずらこけば良かったのに。
どうしてか俺はこの男の傍を離れられなかった。

そうだ、この家のもの全部俺にくれるって言ったな。
それならここを住処にしてやってもいい。
村はそれなりに栄えてるし、この家の周りは誰も来ねえからやりたい放題できるいい場所だ。

だから、男が死んじまうまではくだらねえお喋りに付き合ってやろうじゃねえか。



「フラウロス、顔を」

こないだのクソガキの一件を話し終われば、男が顔を貸すようにと言うので近付けてやる。

男は無遠慮に俺の頬、瞼、鼻、口と触れてきた。
そういえばこいつ、目が見えねえんだったな。


「うん、君は随分整った顔をしているみたいだね。そして思っていたよりもずっと若そうだ」
「ジジイとでも思ってたか?」
「さすがにそこまでじゃないさ。でもたくさんのことを経験してきてるみたいだから。
 それだけ長く生きてきた人なんだろうと思ってね」


俺の顔を触り続ける手は枯れ枝のように細い。
初めてこの家に連れてこられた時にはもっと厚みがあった手だ。

そう思い返すと何とも言えない感情が溢れて、思わずその手を掴んで噛み付いた。


いっそこのまま食い尽くしてやろうか。

メギドとしての本能が騒ぐ。


犬歯が当たって瑞々しさの欠片もない皮膚から血が出た。
こんなんでもこいつはまだ生きている。

そうだ、生きているうちに、辛うじて新鮮な今の間に。


「痛いよ、フラウロス。嫌だったかい」


これが欲しい。
これが欲しい。
これが欲しい。


「お前、ほんとにこのまま死んじまうのか」
「そうだね、もう、あと少しだろうね」


これが欲しい。
そう、思うのに。


「僕が死んだら全部あげるよ。この家にあるもの全て君のものだよ、フラウロス。
 だからどうか、もう少しだけここにいて。もう少しだけ話を聞かせて」


俺はそれ以上何もすることができなかった。


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男の家に来てからの3日間、何も食わず排出もせずにただ横たわっていただけの男は4日目の夕方に静かに死んだ。
今の今まで話をしていたかと思えば、すっと寝落ちるように唐突にその命を終えていた。

もう一度その手を取って噛み付くとあの時と変わらず一筋の血が流れた。



男の父親が使っていたものだろうか、無造作に立てかけられたシャベルを取って家の裏に穴を掘る。
動物や幻獣、ヴィータ共、誰にも何もされないように深く深く穴を掘る。
この男がただ静かに眠れるように。
誰の手も借りずに俺の手だけで穴を掘る。

家のもの全部寄越すって言われたんだ、これは俺のものだ。
だから誰にも見せてやらねえ。
普段ならどんなに頼まれたって絶対にやらねえが、俺はたった一人で夜通し墓穴を掘り続けた。


「…ナマエ」


よくできた人形なんじゃねえかってくらい軽い躰を持ち上げて相当深くまで掘った穴へと運ぶ。
これまで何も見えねえ暗闇の中で生きてきたってのに、死んでも暗いとこにいなきゃなんねえなんて最期まで可哀想な奴だなと勝手なことを思った。


初めて口にした名前は風に溶けていった。





それからどれくらい経ったのか、男を埋めた場所から1輪の花が咲いた。
俺は結局食えなかった男を想いながら、その花を食らった。


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