Course Of Action.

目が覚めた。
そう感じたとき、目の前には死体があって、手の中には血の滴る刀があった。

人を殺したんだな、とどこか他人事のように思った。


+++


−−急警報!!瀞霊廷内に侵入者有り!!各隊、守護配置について下さい!!



沈んでいた意識が浮上する。
ガン、ガン、とけたたましく鳴らされる警報音に寝起きの頭を揺さぶられる。

瀞霊廷内に侵入者。
警報なんて初めて聞いたな、なんてぼんやりと考えながら手早く寝乱れた死覇装を整える。
仕上げに眼鏡をかければ、急に良くなった視界にくらりと立ちくらみがした。



「上條四席!起きられましたか!」
「うん。この音じゃ、さすがに起きる」


仮眠室から執務室へと戻れば、常には無い慌ただしい雰囲気に出迎えられた。

死神が闊歩する瀞霊廷への侵入者。
それはきっと恐らく、いや、確実に敵だろう。
ここは散歩していて偶然に紛れ込めるような場所じゃない。
敵ならば斬らなければならない。
殺される前に、殺さなければならない。

バタバタと隊舎を飛び出していく他の隊員たちに遅れをとらないよう、駆け出す姿勢をとる。


「お茶煎れたんで飲んでから行ってください!」


そう言ってタイミング良く差し出された湯のみを受け取り、中身も見ずに一気に飲み干して地を蹴った。

そういえば、今の隊員は誰だっただろうか。
うちの隊員にしては大人しい喋り方をする奴だった。
いまいち見覚えのない姿に首を捻りつつ、夜の瀞霊廷を駆ける。

十一番隊の持ち場にたどり着くまでに、他隊の様子が視界に入る。
あちらこちらと慌ただしく駆け回る死神たちに反して、侵入者が発見された気配はない。
警報からこれだけの人数がすぐに動き出しても発見されないなんて、もしかして誤報なんじゃないか。
そんなことを考えつつ、見つけた大きな背中に足を止めた。


「更木隊長、」
「おう、来やがったか」


緊急警報に慌てるでもなく、警戒するでもなく。
愉しそうな笑みを浮かべるその顔は凶悪そのもので。
つられて思わず口元が弧を描く。

非常事態であっても、この人にとっては楽しい遊戯でしかないんだろう。
オレの在り方と隊長の在り方は全くもって異なるけれど、いかなる時も変わらないその在り方は好ましく思う。


「オメーら、探せ。他の隊よりも先に見つけろ。そんで殺せ」


オレに続いてのそのそと集まってきた隊員たちに視線を寄越して、隊長が命じる。
返されるのは汚い雄叫び。
誤報かも、なんて考えたことは都合よく忘れて、オレも動き出した隊長の背に続いた。


+++


運が、悪い。


隊長について明け方まで侵入者を探せば、瀞霊廷に新たなる侵入者の姿。
やっぱり先の警報は誤報で、こっちが本命かと滾る気持ちに1人で隊を離れて走り出せば、戦闘跡に辿り着くばかり。
転がる自隊の隊員たちに斑目三席と綾瀬川五席の戦線離脱を聞き、出遅れたと舌打ちをした。

そういえば、斑目三席も綾瀬川五席もさっきまでの旅禍探しで姿を見かけなかった。
サボっていて運良く旅禍の落下地点に当たったのかもしれない。
ただ、2人とも敗北して生きているなんてらしくない。
あの2人を止めも刺さずに生かして逃すだなんて、一体旅禍はどんな奴なんだろうか。


「旅禍の、特徴は」
「橙頭に死覇装着たのと、ブサイクです!」
「でけえ斬魄刀の男と、顔がでけえやつです!」


お世辞にも整っているとは言えない隊員たちの物言いに、自分たちの顔を見てみろと思う。
言うだけ時間の無駄なので、口にはしないが。


「どちらへ」
「詰所方面です!あとなんか四番隊の奴を人質にしてました!」
「分かった。向かう」


聞いた通り、各隊詰所のある方面へと足を向ける。
自分たちの仇をうってくれなんて平隊員の腑抜けた言葉が背中に投げられて、内心呆れつつも適当に頷いた。




入り組んだ瀞霊廷内で見落としが無いよう、塀の上を走る。
籠城戦には向くかもしれないが、この迷路のように複雑な構造は侵入者の迎撃戦には最悪だ。
こうやって敵を探す手間がかかる。
敵がいることは分かっているのにすぐに殺せないというのは、怖い。

この状況の中、少人数で動く霊圧を探って進んでいけば前方に足音。
ドタドタと慌ただしいそれはきっちり3人分。
報告を受けた通りの人数に、死神とは思えない足捌き。
少しばかりマシなのは人質に取られたとかいう四番隊の奴だろう。

足音に向かって速度を上げる。
見えたのは橙色とデカい斬魄刀。
当たりだ。

頬が持ち上がる。


さあ、殺せ。
斬って殺せば、生きられる。
さあ、殺せ。
殺した分だけ、生きられる。

ーーー殺せ。


礼儀正しく名乗り上げなんかしてやる義理はない。
オレは脳天を狙って、塀の上から飛び降りる勢いのまま斬魄刀を振り下ろした。



ガギン!

「一護さんっ!?」

急襲の一太刀はその大きな刀で受け止められた。
まあ、それくらいは予想の範疇だ。
流石に斑目三席を下した男を一撃目で殺せるとは思っていない。
すぐに体制を整えて、二撃目に入る。


ガッ!!


鍔迫り合いに男の目を見た。
その茶色とも橙とも見える瞳には、戸惑いの色があった。

ああ、これでは駄目だ。
殺る気が足りない。
殺さなければ殺されることを理解出来ていない。

その中途半端な在りように鼻で笑えば、苛立ったように眉間に皺が寄せられる。


「っ、んだテメェ…!」


組み合った斬魄刀が力任せに弾かれて、すかさず距離を取られる。
その顔に怒りや苛立ちはあれど、やはり殺意は見られない。


「上條、四席…!!」
「知ってんのかよ!?」
「十一番隊第四席、上條貴臣さんです!他隊の四席とは比べ物にならない程に強いと聞いてます…!」
「…四席ってことは一角よりは弱えってことだな!!」


これじゃあ、駄目だ。
敵を前に喋る余裕があると思い込んでいる。
自分たちの隙を見逃してくれると、過信している。
そして、愚かにも相手が自分より弱いと思い込む。
相手が何だろうと誰だろうと、少しでも油断した瞬間に待ち受けるのは死だというのに。


「…追随せよ、奈落」


手にした斬魄刀にだけ聞こえるような声量で、始解の解号を唱える。
その合図で静かに一対の圈へと変化したそれを両手に持った。
敵を殺すのに正々堂々なんて必要なく、相手の出方をわざわざ見る必要だってない。
先手必勝、先手必殺だ。構えることなんてわざわざしない。

体勢を落として地を蹴る。
狙うは敵の首ただひとつ。
軽い動きでもって左手を振り抜く。


ザンッ!!


勢いよく血が吹き出したのは左腕だった。
間一髪で避けられる程度に、反応速度は悪くないらしい。

避けられたからといって、勢いは殺さずにそのまま二撃、三撃と圈を振るう。
旅禍は連撃の合間になんとか斬魄刀を構え直して、オレの圈を受け止めていく。


「はははっ」


隊長たちみたいに戦い自体を愉しいと思う性分ではないけれど、研ぎ澄まされる感覚と逸る鼓動に声を上げて笑う。
確かに戦闘というのは否応なしに生きているということを鮮烈に突きつけてくる。
オレは生きている。生きるのはオレだ。

男から滴る血が跳ねて眼鏡の端を染めた。
少し視界が狭まるけれど、拭う暇はないからとそのままにする。

傷ついた腕に、重たい大剣。
男が斬撃を防ぐ速度はやり合う時間と反比例して落ちていた。
仕切り直しの時間を与えるなんて馬鹿なことは考えず、逆に腕を振るう速度を上げてやる。


…ここだ。

圈の動きに集中しすぎて、意識の外へと追いやられたその足を払った。
体勢を崩したその一瞬に隙が生まれる。
瞬歩でもって回りこみ、その隙だらけの背中を斬り飛ばした。


「殺し合いには、正面から斬り合う必要なんて、ない」

倒れ込んだその身体にとどめを。

「殺せるなら、手段は問うな」

首を取る。

「それが出来ないなら、…ッ!!」


突然に目眩がした。
世界が回り、足がもつれた。

駄目だ。殺さなければ。
殺される、前に。

とどめを刺すべき男に向かって進もうとする意志とは裏腹に、身体は地に伏した。
倒れ込んだ衝撃に続いて、首元への衝撃。




そして、暗転。