マレ白1600日記念

 夏風は何かと水分を多く含み、人間の身体に気味の悪さを感じさせる。然し、今日はとても珍しく涼しくそして心地の良い風が皙の髪の間を吹いて行く。日差しの強さには負けてしまうが、この暑さだからこそ味わうことの出来る快感に、今だけは浸っていたい。敬称をつけた名で侍女にふと呼ばれる。初めて此処に迎えられた時から、敬称はいらないと何度も申してはいるのだが、何だか其の敬称が侍女たちからの愛情に思えてきて、今では何とも言わない。今日の着る服は何になさいましょう、複数の侍女が並んで口を揃えて言うー彼女たちの希望の服を手に携えながら。今日はこんなにも気持ちのいい風が吹くのだから、庭で遊べるような服にしよう。
マレウスも誘って、マレウスに綺麗だ、と素敵だ、と思ってもらえるような服にしよう皙はせっかく侍女が選んでくれたのだから、と数時間悩んだ未先頭から十二番目の侍女の服を選ぶことにした。選ばれた侍女はそれはもう人生で頂点に上り詰めたかのように其れを誇り、世界で一番の幸せだ、と皆に頭を垂れた。彼女が選んだのは淡い海色のワンピース。
風通りの良さや夏を感じさせる其の服は皙にとってもお気に入りの一点で、確か先週も着ていたような気がする。──結局似合ってしまうのだからいいのだけれど。侍女たちの手助けを借りさせられながら着終わったワンピース。鏡の前で見てもこの服の完成度はどの言葉でも言い表せないほどに素晴らしい。一気に窓から吹く風量が多くなり、其方を覗くとマレウスが居た。そういえば今日は隣国との会議に出向く、と言っていた。皙もついていくと言っていたのだが、ついて行くと面倒ごとになる、と断られてしまった。
「ツノ太郎!いつの間に?」
「どうやら着替えている様子だったから少し待っていたんだ、いつだったかは忘れてしまったな」
ふっと彼は笑うが、皙は彼の成長に感激していた。彼の名を自分の名として受け取ってから、彼は何回か皙の着替えを手伝おうとしていた。此れは決して下心があるとかいうわけではなく、自分の魔法で一刻も待たずに済ませられるというマレウスの純粋な考え。何度も皙の叫び声が城に響き渡り、皙も其れに断りを入れたので、数日はトボトボと自分の部屋に篭っていた。
「ツノ太郎ところで何で炭を手に持ってるの?」
 マレウスの白く華奢で、然し掴んだものを離さないような其の手は炭によって黒に染められている。マレウスは煙突の掃除をしていた、何て言っているが昨日其れは皙が終わらせたばかりなはず。しばらく其れについて考え込んでいると、話を逸らすー否、其れが本命の話だ、というようにマレウスは皙の着ているワンピースと皙の愛しさについて語りだした。学生の頃も彼の言葉の表現はどこか壮大であったが、籍を入れてからというもの其れは何倍にも増している。皙にとってはマレウスに綺麗に思ってもらえた、というだけで今日が良かった一日になることは決定していた。マレウスと幾分か会話を重ねた後、侍女が食事の時間を知らせに戸を叩く。
マレウスは隣国に行ったため正装でいたのであるが、皙と同じ場所に行くために着替えを放棄した。皆にとってはどうしてもマントを踏んで転ばないか心配で仕方ない。マレウスは学生の頃から何かと勘違いされるようだった。皙も彼を一目見たとき、異世界の自分にとって恐ろしい存在と決め付けてしまっていた。然し、今の彼はとても愛おしく思える。皙の歩幅に合わせようとちょこちょこと歩いていくし、皙が大切にするものは自分も大切だ、と言うかのように繊細に扱う。
昔の自分がそんな感情を未来の自分が持っていると知ったらどうなるのだろうか。結局未来は変わらず幸せなのだからいいのだが。食事をする場所に着くと執事がきょろきょろと辺りを見回していた。
「マレウス様、先程持たれていた隣国の王子からいただいた花束はいかがなさいましたでしょうか?」