ぬいパニック!
「今日もいっぱい頑張ったねグリム〜…」「オレ様もうヘトヘトなんだゾ……」
2人(1人と1匹?)でクタクタになりながらオンボロ寮への道を進む。今日の午後は魔法薬学が2時間も続いていて、ただでさえちんぷんかんぷんの中、一生命予習したことを思い出しながらクルーウェル先生の説明を聞いていた。今回は先生が用意した2種類の葉っぱから正しいものを選んで薬品を調合する──間違った方を選んでも失敗するだけで危険なものはできない──という授業で、直前に先生がヨモギの葉について話をしていたのに、ペアのデュースがうっかりギシギシの葉を持ってきて案の定失敗した。試薬したデュースの髪が真っ赤に逆立って、売れないバンドマンみたいになってしまったものだから、クルーウェル先生の大きな「バッドボーイ!」の声を聞きながら笑いをこらえるのは正直大変だった。グリムと他の班に混ざっていたエースは床に伏せてツボっていたみたいだけど。
なんとか先生のお叱りを終えて、さぁ帰ろうと実験室から出て廊下に出たタイミングでリドル先輩とかち合った時のデュースの顔は海より真っ青でちょっと気の毒になった。デュースの髪より真っ赤な顔をしたりドル先輩に首根っこ掴まれて消えていったデュースの健闘を祈る。
「……ん?おいシロ、なにか落ちてるんだゾ」
今日も大変だったな…と思いながら歩いていると、グリムが何かを見つけたみたいで、さっきまでのとぼとぼ歩きを忘れたようにてってけ駆け出した。釣られてそっちを見ると木の傍に黒っぽくて、そこそこ大きいものが落ちている。なんだろう?
「これは…人形?」
まるっとしたフォルムに、刺繍されたみどり色の目。
それからちょっとうねった形のツノが特徴的な人の形をしている人形が落ちていた。大きさは大体両手で抱えられるくらいだから…30センチくらい?どこかで見覚えのある人形の姿に首をひねりつつ、誰かの落し物だったら…と考え、人形に着いていた落ち葉を払いながら優しく拾い上げた。
「ンー?コイツの服、NRCの制服みたいなんだゾ!」
「ほんとだ。ネクタイまでしてるしおしゃれさんだね」
「ほう、お前さんたちじゃったか」
ガサッと茂みが揺れた音と突然頭上から降ってきた声に、グリムとともに思わずヒェッと情けない声を上げて固まった。
「そう握るでない、人形も痛いじゃろう」
突然木から生えてきたリリア先輩に心臓をバクバクさせながら、無意識のうちに人形の胴体を握りしめていたことに気がついて、ごめんねと慌てて力を抜いた。
人形も心做しかほっとしているように見える。
「やいリリア!オマエ、この人形のことなにか知ってるのか?」
「ふむ、これは……」
グリムの質問に答えようとしたリリア先輩が人形を見て、不自然に口を止める。それからフンフンと軽く頷いて、ニヤーッと口を歪めた。ど、どういう…
「まああまり口にするのも野暮なものじゃろう。ソレの持ち主は今引取りに来れる状況ではないから、今日はお前たちが預かっててくれ。」
「えっ、持ち主を知ってるならリリア先輩が持ってい
けばー」
「まあまあ、細かいことは気にするな。ホレ、頼んだ
ぞ。」
「あ、ちょっと!」
ワタワタしているうちにリリア先輩はどこかに居なくなってしまった。残された人形を見ると、ちょっとしょんぼりしているように見えて心が痛む。
「一体なんだったんだ?」
「とりあえずこの子を持って帰ればいいのかな……
」
訳が分からないまま、とりあえずカバンに人形をしまうことにした。
寮に着いて玄関のドアノブを回す。
ガチャっと音が鳴って、老化でミシミシいう扉を開けた。
「ただいま〜」
「ただいま〜なんだゾ!」
私の習慣が移ったみたいで、一緒にただいまから手洗いうがいまでするようになったグリム。とてもかわいいネコちゃんである。
カバンから出した人形をどうするか迷っていると、グリムがぼすぼすとソファを叩く。
「ここに置けばいいんだゾ!」
ちょこちょこ修繕しているとはいえ、まだまだオンボロのソファに綺麗な人形を置くのは気が引ける。が、他に良さそうな場所もない。グリムの提案にのって、ソファに人形を座らせた。
グリムは自分よりも小さなものが置いてあることが新鮮なのか、ツンツンと肉球でつついては楽しそうにしている。可愛い。初めて人形を買った子供のようなグリムの姿に思わず和んだ。
──時は流れて就寝前。
今日の授業と人形にはしゃいでいたグリムはあっさり夢の中に旅立って行った。むにゃむにゃ言いながら丸くなっているグリムをベッドに運んで、ソファに置いていた人形も、少し悩んで枕元に置いた。夜中にまたエースが突撃してきたらソファから落ちちゃうかもしれないし。
持ち上げて人形をよく観察してみる。うーん、やっぱりどこかで見たことある気がするんだけどな…。
そういえば、最はツノ太郎にあんまり会ってない気がする。もともと頻繁に会っていた訳では無いけど、ツノ太郎が来た後は心が暖かくて、なんだかはしゃいで中々眠れなくなってしまうけど、不思議とそれが嫌じゃない自分がいて少し困ってしまう。前まではそんなこと無かったのに、最近は緊張で顔が赤くなってしまう。夜は暗いし、ツノ太郎にバレていないといいな。
人形のほっぺのところをむにむにしながらツノ太郎のことを思い返していたら、ふとこの人形がツノ太郎に似ていることに気が付いた。友達に似てるのに気付かないなんて、とちょっとショックを受けながらじっと人形を見つめる。手触りのいい髪の部分に、まるまるとした顔のラインがとても可愛い。拾った時にも可愛いデザインだなって思ったけど、ツノ太郎に似てるって思ったらもっと可愛く思えてしまって、つい眺めてしまう。
持ち主さんがいるからいけないと思っていたのに、誘惑に耐えきれずに思わずぎゅうっと抱きしめてしまった。もふりとした綿の感覚と、30センチくらいの小さくて──ぬいぐるみにしては大きいが──抱きしめやすい形をしているのがダメだと思う。もふもふでかわいい…。ちょっとだけのつもりだったのに中々手を離せない、明目も早いから早く寝なきゃなのに。
「ウーン……、トレイン、オレ様もうブラシはイヤなんだゾ.……」
!!?
グリムが突然大きな寝言を言うから、ビックリして慌てて人形から体を離した。まだ心臓がバクバクしてて、今日の私はなんだかおかしい…。ちょっとの罪悪感と恥ずかしさを抑えて、改めて人形を枕元に起き直して、部屋の電気を消した。
布団に潜ると、寝ているグリムがススス……と寄ってきて顔に背中の毛並みが当たる。ふわふわ。
赤くなった顔を隠すみたいにグリムの背中に顔を押し付けて小さく唸る。うう〜、こんな、ぎゅってするつもりなんてなかったのに……。
人形のことを思い返すと自然とツノ太郎のことも思い出すことになって、なんだか恥ずかしいし、顔が熱い。
落ち着くためにはあ、と大きなため息をついたけど、今日もなんだか眠れそうにない。
「早く會いたいな……」
明日は來てくれるかな……
翌朝。
目が覚めたらツノ太郎によく似た人形はなくなっていて、グリムと寮中を探したけど、結局見つからなかった。預かってって言われてたのに……としょんぼりしながら授業を受け、廊下で会ったリリア先輩に「預かってた人形、なくなっちゃったんです…」と言うと、「あれは自動で持ち主の元に戻るんじゃ」といたずらっぽく笑われた。そうだったんなら最初に言って欲しかった…。朝の慌てぶりを思い出して、ちょっとぐったりしながら授業を終えて寮に戻る。
グリムは人形がなくなってしまったからちょっと寂しそうだった。私も寂しい気持ちになったけど、グリムの耳がぺしょ…って倒れてて可愛かったのですぐに吹き飛んだ。やはりもふもふが正義。
お風呂に入って課題をやっていたら、窓からほんのりみどりの光が見える。
ツノ太郎だ!
早く会いたいなって思っていたから、すごくソワソワして窓を開けるとやっぱりツノ太郎がいた。改めてみたら、やっぱり昨日の人形はツノ太郎にそっくりだった。
人形との間違い探しをするように視線をめぐらせていると、彼の真っ白な肌がほんのり色付いているように見えて不思議な気持ちになる。暗いし、気のせいかな...?
「ツノ太郎、久しぶり!」
自分でも思っていたより磨しそうな声が出てびっくりした。確かに早く会いたいなって思ってたけど…となんだか恥ずかしくなる。
「人の子……」
ツノ太郎は気まずそうに瞳を逸らすと、意を決したように私の手を握った。え、!
「責任は…とる」
「何の話!?」
一旦説明してほしい。