マレ白メリバ
「元の世界に帰る方法が見つかった…だと…?」「うん!さっき学園長が伝えに来てくれてね、もう帰れないかと思ってたんだけどようやく見つかったんだ〜」
いつものようにオンボロ寮近くに散歩に来ていたマレウスは
「帰るつもり、なのか?」
「うん、そのつもり」
ゴロゴロと突然晴れている空が鳴る。雲一つない青空から聞こえる雷の音に彼女は不思議そうな顔をする。
「雷鳴ってる……。雨が来るかもしれないから寮に戻るね、ツノ太郎も降られる前に帰るんだよ!またね!」
「あ……ああ、またな。ヒトの子よ」
(離れていく……?ヒトの子も、僕の元から……?皆いつも僕を置いてどこかに行ってしまう……僕はいつも置いていかれる)
マレウスの胸が悲鳴をあげる。それは鋭く、息をするのも辛く、苦しいくらいの締め付け。
妖精である彼は何百年と生きる。しかし、人間はそうではない。100年生きられるかどうかの短く、儚い命しか持ちえていないのだ。
必然的にマレウスと関わるすべての人間はいずれ彼を置いて全員が消えてしまう。
初めて知り得た居心地のよい人間も、切磋琢磨できる人間も、好意を寄せた人間もこの世から全員、確実に。
「……実に不快だ。この胸の痛みも僕から大切な者たちを奪おうとするこの世界も」
マレウスは眉をひそめ、苦痛な表情を浮かべる。
そうしている間にも時計の針は無情にも進んでいく。
夜、いつものようにオンボロ寮付近を散歩していると制服を着た彼女が出てきた。
マレウスは咄嗟に姿を隠す。姿を隠すのはマレウスにとって無意識の行動だった。
だが本能的に感じていた。今、彼女の前に姿を現すべきではないと。
彼女ははあ、と桃色の唇から滑れる白い息。大きな黒色の瞳は僅かにいつもより潤んでいるようだった。
彼女はオンボロ寮に体を向け、深々とお辞儀をする。
「お世話になりました」
そう言う彼女の小さな声がマレウスの耳に届く。
マレウスはその言葉を聞いた瞬間、理解した。
『今日なのだ』、と。
彼女は誰にも告げず、誰とも別れを言わないまま帰ろうとしているのだと。
マレウスは魔法を使い、鏡舎へと移動する。鏡舎に入ると各寮へ繋がる鏡の中心に普段はない鏡が1つあった。
「これか」
マレウスはそう呟くと指を鳴らす。バリン、と鏡が音を立てて崩れていった。
マレウスが粉々になった破片を見て口角が少し上がる。
しばらすくすると「…………へ?」という困惑した声が聞こえた。
「ツノ、太郎…なんで、ここに…?あたし、なにも…伝えてない、のに………それに、鏡…………」
「こんばんは、ヒトの子よ。僕に帰る日を教えないなんて水臭いじゃないか。それになぜそんなに生えている?僕が怖いか?」
「………いつものツノ太郎は怖くないよ。でも、今のツノ太郎は……怖いよ」
「そうか…」
とマレウスの口から少しの悲しみと嘆きが籠った声が痛れる。
「……僕のこと、嫌いになるか?」
「嫌いになんて、ならないよ……」
彼女の言葉にマレウスは「そうか」と今度は口角を若干上げながら言葉を発す。
マレウスの白く長い指が皙の黒髪に触れ、少量掬い、そこに唇を落とす。
長いまつ毛が開かれ、そこから覗くライムグリーンの瞳が月の光を浴びて一段と煌めく。
マレウスが右手で皙の左手を取り、薬指の付け根を優しく、愛おしいものを愛でる目をしながら撫でる。
「僕はお前がいなくなることに耐えられない」
「……ツノ太」
ツノ太郎、と皙が言い終える前に「だから」とマレウスが言葉を遮る。
「お前が元の世界に帰れないようにするしかない。100年ほど眠っていれば元の世界に知り合いなどいなくなるだろう?」
そう言うと、マレウスの魔力が急速に高まっていく。
「だ、だめ……!だめだよ、ツノ太郎…!…それは…!」
白い息が1つ、マレウスの口から吐かれる。
「運命の糸車よ、災いの糸を紡げ。深淵の王たる我が授けよう『
「……ツノ、たろ…………」
黒い茨が皙に絡みつく。そんな彼女の黒い大きな瞳からは一筋の涙が流れる。その顔、瞳は悲痛に満ちていた。
そうして、皙は眠りについた。
マレウスは皙の輪郭を指で優しくなぞる。
「なに、たった100年など瞬きの間だ。またすぐに僕達は会える。それまでおやすみ、皙」
そう言うと淡く色づく唇にマレウスはそっと自身の唇を落とした。