White gift
『招待状』。表に美しい筆記体でそう書かれたその手紙がふわふわと窓から入ってきてあたしの机に舞い降りたのは、誕生日前日の午後のことだった。
ちょうどハーツラビュルでの何でもない日のお茶会に参加して、トレイ先輩に買った余り物のタルトを食べようとしていたときにふいにそれが窓から飛び込んできたのだ。
「招待状...誰があたしに届けてくれたんだろう」
手紙をひっくり返す。そこにあるM.Dという名前を見て貴方が送ってくれたのだとすぐにわかった。
封を破り、中に入っている羊皮紙を取り出す。
「明日の6限後オンボロ寮に迎えに行く。ディアソムニアでパーティーをするから昼食は軽めにしておくといい、料理はハーツラビュルの腕のいい3年とシルバーが担当するから安心しろ。明日を楽しみにしているぞ。」
貴方独特の細長い筆跡でそう書かれた文面にあたしは目を輝かせた。
ディアソムニア寮でのパーティーなんで滅多に呼んでもらえるものではない。
それに、料理担当がリリア先輩なら少し心配だったけど...
この文章を見る限り料理を作るのはトレイ先輩とシルバー先輩みたいだから安心だ。
明日、何着ていけばいいんだろう。正装なら式典服だし、サムさんにお願いしてディアソムニアの寮服を着ていくのもいいかもしれないな、なんて思案を巡らせながらあたしはワクワクを抑えられないでいた。
あ、そういえば明日はモストロラウンジでのバイトが入ってたんだっけ。
アズール先輩にメールで明日は休むという連絡をして、それからヴィル先輩のところに赴いた。
「先輩、お願いがあるんです」
明日、出かける用事があるのでとびきり可愛いメイクとヘァアレンジを教えてくれませんか。
「何よ、新じゃががそんなこと言うなんて珍しいわね」
いつも女子力がないと怒られるあたしの急な可愛くして発言にヴィル先輩は首を傾げながらも自信たっぷりの笑みを浮かべる。
「良いわよ、明日の放課後なのね。授業が終わったらすぐに鏡の間に来てちょうだい。アンタを誰もが振り向くくらいの美女にしてあげるわ」
「ありがとうございます!」
これでディアソムニアで恥をかくこともないだろう。
貴方は一体どんなパーティーを考えてくれているんだろうか。
茨の谷の次期王さまなんでいうすごい立場の人だからとんでもなく壮大なパーティーを企画しているのかもしれない。
想像は止まらなくて、いろいろ考えていると眠れなくて。
あたしはどきどきを止められないままで次の日を迎えた。
今日は誕生日。1年に1度の特別な日だ。
エーデュースには朝からプレゼントをもらったし、驚いたことにクルーウェル先生からもお祝いの言葉をいただいた。
そわそわと落ち着かないまま授業を受けること、6時間。
6限終了のチャイムが鳴ると同時に、あたしは教室を飛び出して鏡の間に向かって、そして。
30分もするころには、あたしはヴィル先輩とルーク先輩のとてつもないメイク技術によって絶世の美女になっていた。
やばい、あたし可愛すぎる...
「ちょっとアンタ動かないで..アタシの技量に興奮するのは分かるけどアンタが動くと髪が巻けないでしよう。
ルーク、ちょっとこの新じゃが抑えててちょうだい」
「ウィ、ヴィル。君の仰せのままに。トリックスター、ちょっと失礼するよ」
ルーク先輩にがしっと肩を掴まれ、あれよあれよと言う間にあたしの髪は軽く内側にウェーブがかかったシニョンに結い上げられていた。
「Cest tr s joli !!」
濃らかな発意で優め言葉を放つルーク先輩と、出来上がりを見て満足そうに微笑んでいるヴィル先輩。
「今のアンタは世界中の誰よりも可愛いわよ。さあ、自分に自信持って行ってきなさい。楽しむのよ!」
「そうだよトリックスター。君の笑顔は他のどんな表情よりも美しいからね!」
2人の言葉に背中を押されて、あたしはオンボロ寮に帰った。
もうすぐ、迎えが来る。
『窓を開けておくように』
追伸の欄にそう書いてあったのを思い出して、あたしは部屋の窓を思い切って開け放った。
ふわりと植物園から届く花の香りがあたしを包み込む。
その匂いにうっとりして目を閉じかけた、そのとき。
「待たせたな、人の子よ」
何処からか貴方の声がして、私は窓から首を出して辺りを見回した。
黒い気球。そんな風に見えるそれはあたしの日の前でゆらりと揺れながら空中に静止する。
よく見れば気球のバルーンの部分がふわふわとした鳥の羽のような素材をしていて、彼の魔法で火を焚かずとも浮いているようだった。
「行くぞディアソムニアへ、もう準備は出来ている。僕の横に乗ると良い」
差し出された貴方の手を取って、あたしは窓から気球へと飛び移る。
私が乗り込むとすぐに気球は上昇をはじめ、眼下に広がる景色はどんどんミニチュア世界のようになっていった。
「わぁ、すごい..!」
こんなのどうやって作ったの、と尋ねようとして振り向くと、何故か貴方は少し顔を赤らめて視線をそらした。
「どうしたの、ツノ太郎。顔赤いよ」
「なんでもない…髪型もメイクもよく似合っている。今日はいつもと違う雰囲気にしているようだな」
可愛いぞ、と囁かれてあたしは茹で上がりそうなくらいに熱い頬を両手で押さえた。
「あ、ありがとう。あの、服装はどうしたらいいかな。
何着たらいいか分からなくて制服を着てきたんだけど」
私がそういうと貴方は心配ない、という風に柔らかく微笑んで指をばちんと鳴らした。
さぁっと初夏に吹くような爽やかな風があたしの全身を包み込んで着ていた制服が姿を変えていく。
「やはりお前は何を着ても似合うのだな」
貴方が私に用意してくれたのは黒を基調とした可愛いドレス。
裾は短めで、ディアソムニアの色である緑のレースで縁取られている。
中にチュールがあるおかげで、内側は白のひだが見えてまるでバレエのプリマドンナみたいなシルエットを作り出していた。
「この服、すごく可愛い…ありがとう!」
あたしがにっこり微笑むと貴方も嬉しそうな顔をしてあたしの頭を撫でた。
「この髪…ポムフィオーレか。悔しいがよく出来ている」
貴方の言葉にあたしは頷く。
「ヴィル先輩とルーク先輩にとびきり可愛くしてください
って頼んでメイクとヘアアレンジしてもらったの。
やっぱりツノ太郎の前では可愛くいたい」
「まったくお前は…僕はありのままのお前が好きなのだから心配はない。僕はお前にいつもそう言っているはずだが、伝わっていないようだな」
ふいに彼がお手、というような感じでこちらに手のひらを見せてきた。
意味がわからないままそこに手を乗せると、ぐいと半ば強引に引っ張られてワルツを踊るときのように1回転してから彼の腕の中に吸い込まれる。
「愛しているぞ、人の子よ」
やばい、やばいよあたしの耳が幸せすぎて溶けちゃう。
焦って2、3歩下がりあたしはツノ太郎から一定の距離を取った。
「恥ずかしいからこの距離キープしてください」
手を前に伸ばして、やたら大声で叫ぶと彼は少し驚いてこちらをまじまじと見つめた。
「これだと近づけないではないか」
やや不満げなツノ太郎にビシッとひとこと。
「それでいいんです!」
気球はどうやって鏡の間を通ったのかそれとも何か違う方法を使ったのか、気付けばふわふわとディアソムニア寮の上空を飛んでいた。
黒く高く聳え立つ寮。いつ見てもゾッとする美しさが溢れているその建物の窓からは神秘的な翠の光が漏れている。
少し揺れながらふわりと気球が着地して、あたしはどうしてもというツノ太郎に手を取られてミニタラップを降りた。
「「「皙、誕生日おめでとう!!」」」
祝いの言葉に視線をあげるとシルバー、セベク、リリア先輩、それに料理の手伝いをしに来たと思われるトレイ先輩、カリム先輩、ジャミル先輩とりたちゃんが来ていた。
「先輩方、それにりたちゃんまで....
みんなありがとうございます!!」
みんなの言葉に感動しながら1人1人に握手をして回ろうと足を前に踏み出したとき、ぐいっと後ろから引っ張られてあたしはまたすっぽりとツノ太郎の腕の中へ。
「今日はパーティを楽しむといい。お前の好物がわからなかったからスカラビアやハーツラビュルの者に頼んでいろいろ用意してあるぞ」
たしかに、樫で作られた大きなテーブルには中華、フレンチ、イタリアン、インド風やなんと和食に近いものまであった。
ケーキはツノ太郎が氷菓好きなのを踏まえて考えられたアイスケーキらしく、チョコレートとピスタチオでディアソムニアカラーに仕上げてあった。
「料理、どうかな。口に合いそう?」
りたちゃんにそう声をかけられてあたしはしっこり。
「りたちゃんもジャミル先輩もありがとう!あたし今すっごく幸せだよりたちゃん。
こんなに幸せになっちゃっていいのかなって言うくらい幸せなの」
あたしの言葉にりたちゃんは嬉しそうに瞳を輝かせた。
「良かった!」
ツノ太郎に微笑みながら見つめられて真っ赤になりながらもなんとか食事を終え、あたしがそろそろ帰ろうかなぁと思った時ツノ太郎が口を開いた。
「誕生日プレゼントだ、目を閉じてくれ」
指にひやりとした感覚。
目を開けるとあたしの指にはきらきらと光を放つ銀色のリングがつけられていた。
光沢のある表面には流れるような筆記体で「Next to me is for you only』という刻印が彫られている。そして目の前の彼はにっこり微笑んでドライフラワーの花束を差し出す。
「千日紅という花だ。改めて、誕生日おめでとう」
紫やピンクの丸い形をしたその花はとても上品であたしには勿体ないくらいに綺麗だった。
「ありがとう、パーティだけでも十分なのにこんなに素敵な花束に、リングまで..…あたしツノ太郎のこと好きになっちゃいそうだよ」
軽く巫山戯たような口を聞くと彼はいつでも待っているぞと半ば本気の表情で答えた。
「帰るか、寮まで送って行く」
寮に着いたあと窓辺でツノ太郎に別れを告げたあたしはベッドに寝転がってツノ太郎に貰ったリングを夜の月の光にかざした。
そのリングがどの指につけられていたかは、あたしたち2人だけの秘密だ。