1.学祭スタンバイ!
鏡の中に閉じ込められた男
この世で最高に美しい女は?
若い娘の姿が見えます
唇は赤いバラ 髪は黒々と輝き 肌は雪の白さです
はっ! 白雪姫……
これはね 望みのかなう井戸
お願い だれかすてきな人が現れますように……
やぁ 驚いた?
ついに会えた どうか聞いて僕の想いを
真心を告げるこの歌を 永遠に口ずさもう
この世で最高に美しい女は?
若い娘の姿が見えます
唇は赤いバラ 髪は黒々と輝き 肌は雪の白さです
はっ! 白雪姫……
これはね 望みのかなう井戸
お願い だれかすてきな人が現れますように……
やぁ 驚いた?
ついに会えた どうか聞いて僕の想いを
真心を告げるこの歌を 永遠に口ずさもう
綺麗な女の人が窓から睨んでた……。今の綺麗な人、どこかで会ったような……気のせい、かな……?
意識が、浮上する。これは夢? それとも……。
「う〜っ、寒みィ〜ッ! 布団にくるまったまま登校したいくらいなんだゾ。ん? しろ、どうしたんだ? じーっと鏡なんて見つめて」
「グリム……う、う〜ん……」
「そんなに真剣にチェックしなくても、寝癖なんてついてねぇ。さ、そろそろ出発するんだゾ」
寝癖を気にしてみてるわけじゃないんだけど……グリムの言う通り、このままここで考えてても仕方ないよね。そろそろ登校しないと遅刻しちゃうし、準備しよっと。
うーんっと伸びをして、グリムに顔を向ける。
「おはよう、グリム」
「うん、おはようなんだゾ。しろ」
今日もまた、あたしの不思議な世界での一日がはじまる。
制服に着替えて、朝ご飯を食べて、オンボロ寮からメインストリートへ出れば、そこにはエースとデュースがいた。あたしたちに気づいたエースが挨拶をする。
「おーっす、しろ、グリム。オハヨー」
「おはよう、2人とも。今日は一段と冷えるな」
「エース、デュース。おはよー」
こっちの世界でもしっかりこの時期は冷えるんだねぇなんて話そうとして、メインストリートに飾られたグレート・セブンの石像が目に入る。綺麗な女王様の石像にあたしははっとした。
「あ……! この人は、今日夢で見た……!」
デュクシ!
「あいでっ! しろ、急に立ち止まるんじゃねぇんだゾ! オメーの足に鼻から突っ込んじまったじゃねぇか!」「ご、ごめんグリム!」
痛かったね〜! ってグリムの少し赤くなった鼻をよしよしする。フンフン鼻を鳴らすグリムがちょっとかわいかった。
「グレート・セブンの石像がどーかした?」
「う、うーん、うまく言えないんだけど……今日だけじゃなくて、前にもどこかであったような気がするっていうか……」
グレート・セブンの石像を一つ一つ改めて見てみると、やっぱりどこかで見たような気がする。今日みたいに夢の中で見たのか、別のどこかで見たことがあるのか、よく思い出せなかった。
「おい、しろ? 突然ボーッとして……具合でも悪いのか?」
「しろのやつ、朝からちょっとヘンなんだゾ」
とりあえず学校に行こうって促されて、教室に入ると、さっきの話の続きをすることになって、あたしはオンボロ寮の鏡の中にグレート・セブンが映る夢の話をした。
エースは毎日グレート・セブン像を見てるわけだし、夢に出てきてもおかしくないだろうっていうけど、あたしが見たのは……夢っていうか、もっと映画を見てるような感覚に近かったっていうか。
「それだけじゃなくて、丸い耳をした『ミッキー』が鏡の中にいて……」
「えぇ〜、コワッ!! 誰その『ミッキー』って」
「この学園では聞いたことない名前だな……」
「あっ、もしかして……こないだ夜中にオレ様の尻尾踏んづけた時の話か?」
う゛、その節はごめんグリム! 悪気はなかったんだけどたまたまそこに尻尾があったというか……! ってあれだけ爆睡しててもちゃんと覚えてたんだね……。
ゴーストの仕業じゃないかってデュースとグリムは言うけど、ゴーストっぽくは感じなかったしなぁ……うーん。
「あっ、じゃあさ。今度鏡に『ミッキー』が現れたら、学園長からもらった『ゴーストカメラ』で写真撮ってみれば? あれって、魂の形を映す魔法道具なんだろ? 相手がゴーストでもバッチリ写るはずじゃん」
「エ、エース……! すごい思いつきだよ!」
「なるほど。写真があれば『ミッキー』が何者か突き止められそうだな」
「犯人がわかったら、しろに踏まれた尻尾の慰謝料としてツナ缶請求してやるんだゾ!」
「ま、なにも写ってなかったらしろが寝ぼけてただけってことになるけど〜……」
うっ、いや、絶対夢じゃないから……! あんな鮮明な夢なかなかないと思うし! これは写真を撮って証明しないとと思っていると、チャイムが鳴ってクルーウェル先生が朝のホームルームを開始した。
「席に着け、仔犬ども。今日のホームルームは、ホリデーで緩んだお前たちの手綱を引き締める話をする。きたる2月中旬……『全国魔法士養成学校総合文化祭』が開催されることは知っているな。その会場が、今年は我がナイトレイブンカレッジに決定した」
途端、ざわざわと騒がしくなる教室。グリムもなんだかわかってないみたいで、首を傾げていた。確か、年度始めに配られたプリントにそんなことが書いてあった気がするけど、具体的に何をするかはわかってないんだよね。文化祭っていうから、今度は文芸部が主体になって何かするのかなぁとは思うけど……。
って思ってたら、クルーウェル先生がプリントに目を通してなかったことを一喝すると、改めて丁寧に説明してくれた。
「『全国魔法士養成学校総合文化祭』」とは、全国の魔法士養成学校から代表生徒が集結し……2日間にわたり、美術や音楽、魔法に関する研究発表や、弁論大会などが行われる祭典。いうなれば、文化部のインターハイだ」
ほへー……改めて聞くとなんかすごい催しだなぁ。
「我が校の生徒は、4年生になると各魔法専門職の実習や研究調査のために全国へ派遣されるが……この日は4年生たちも戻ってきて、成果発表も行われる」
魔法士にも実習ってあるんだ……。確かに学園内には3年生までしかいないような……?
「また、全国魔法士養成学校総合文化祭は、魔法庁や魔法教育委員会、魔法
文化部の祭典かぁ……楽しそう。エースとデュースは運動部だからちょっと退屈そうだけど、グリムは出店が出るんじゃないかってわくわくしてるみたい。せっかくだし、あたしも何か参加できるものがあればいいなぁなんて、ちょっと楽しみだった。
――その数日後。昼休みに大食堂に移動すると、ひとだかりができていた。何だろう? って思って近づくと、そこには張り紙があって、「ボーカル&ダンスチャンピオンシップ」っていう催しの出場メンバーオーディションのお知らせが出ていた。
ディースとエースによると、音楽祭みたいなものらしい。テレビでも放映されるくらい人気みたいで、プロデビューのチャンスまであるっていう、何だかすごそうな催しだ。
「なお、大会で当校代表チームがファイナリストに選ばれた場合……メンバーに優勝賞金の500万マドルを山分けいたします」
「「「ご、500万マドルを山分け!?」」」
あたし知ってる……! 500万マドルっていえばあたしが元いた世界とほぼ同じ金額だって……!! く、車買えちゃう! そんな大金を山分け!? なんて太っ腹……!!
「そうなんですよ〜! 豪華でしょう!?」
「「「「うわっ! びっくりした!」」」」
急に出てきた学園長にエースが抗議する。あたしも心臓止まるかと思った……何回やられても慣れないよ〜!
「おや、失礼。脅かしているつもりはないんですが。この『ボーカル&ダンスチャンピオンシップ』に500万マドルもの賞金が出る理由……それは、たくさんの企業がスポンサーとしてこの大会を支援しているからです」
学園長曰く、『VDC』のファイナリストには芸能事務所や音楽レーベルからのオファーが殺到して、一躍トップアーティストの仲間入りも夢じゃないとか。人材発掘も兼ねていて、その投資みたいなものらしい。ひぇ〜、なんだかすごい話だなぁ。
「500万マドルあれば、ひとつ300マドルの高級ツナ缶がいっぱい買えるんだゾ!」
「待て待て。賞金はチームメイトで山分けだって書いてあるだろ。たとえばチームが4人だとすると、ひとり……500÷4は……ひゃく……ひゃくさん……」
「125万マドル。300マドルのツナ缶なら4000個以上買える」
「ウヒョーッ!! 4000個!!!」
はしゃぐグリムの歓声にかわいいなぁなんて思うけれど、あれ……? となんだか次にグリムが言い出しそうな言葉がわかった気がする。
「なあなあ、しろ! オレ様この大会に出たいんだゾ!」
だっ、だよね〜!! グリムなら絶対そう言いだすと思った〜!!
「あはは、まずはオーディションに受からないと……」
ツナ缶4000個って結構な量だけど、グリム全部ツナ缶にかえる気でいるのかな? ……うん、グリムならそうなんだろうなぁ。
幸い、代表生徒は全校生徒の中からオーディションで決めるそうだから、参加資格は一応あるみたい。
「オーディション審査の課題曲は『Piece of my world』参加申し込みは3ーAルーク・ハントまで……か。へぇ〜、面白そうじゃん! 今度の文化祭、オレら運動部は裏方作業ばっかで楽しくなさそうだし、試しに受けてみねぇ? もし受かれば、会場設営とかしんどい裏方作業を手伝わなくて良さそうじゃん」
「優勝して臨時収入が入れば、家計が助かるかも……」
デュースの動機はともかく、エースはそれでいいのかなぁ。受かったら受かったで、代表になるんだし、厳しいレッスンが待ってるんじゃ……。って、待てよ……? グリムがやる気ってことは、あたしもオーディションを受けるってこと……!? だ、大丈夫かな……!?
一応、課題曲は去年流行ったやつらしいから、マジカメに解説動画とか上がってはいるみたいだけど……うーん、不安だ!
「よーし、オレ様も練習してオーディション受けてやるんだゾ!」
「グリムの歌声って想像つかないなぁ。踊ってるのとか可愛いだろうけど」
「フフン、オレ様は踊りも歌も大得意なんだゾ!」
エースとグリムはこの通りだけど、デュースはどうするんだろうと思っていると、デュースは首を横に振った。
「僕はやめておく。オーディションを受けたところで、受かる気がしないしな」
「えー、ノリ悪っ」
「まず、真剣にテッペン狙ってないヤツが冷やかしに行くべきじゃない」
「オーディションを受けるくらい、そんな身構えなくてもいいと思うけど……」
ま、真面目だぁ。さすがデュース、優等生を目指してるだけあるなぁ。あたしはただのグリムの付き添いみたいなものだし、デュースの言葉が身に沁みるよ……。
「ふっ、それにお前らがオーディションに落ちた時、慰め役も必要だろ?」
うん、前言撤回。がんばろーっと。
昼休みと午後の授業を終えて、中庭にいると、不思議な声が聞こえてきた。
「ア〜〜〜♪ アァ〜〜〜〜……」
「ふなっ」
「なんだ? この歌」
「綺麗な声だね。井戸の方かな……?」
高くて澄んだ声が反響してる。綺麗だなぁ、って思ってると、途中で詰まっちゃったのか「ア゛ァッんガッ! ォェッ!」っと今度はゴホゴホ咳き込む声が響いた。
「な、なんか急に汚くなったな」
「エース、しっ!」
そんな失礼なこと言わないのってコソコソ話してると、足音がガサッとたっちゃって、井戸のところにいた人がすごく驚いた様子でこっちを見た。
「誰っ!?」
「あっ、邪魔して悪い。歌が聞こえたから……あれ?」
不自然に言葉を止めたデュースだけど、相手の顔をよく見てみるとあたしにも見覚えがあった。
「君はたしか、新学期最初の日にメインストリートでぶつかった……」
「あっ、……。あの日は、ごめんね」
「いや、こっちこそ。えぇとたしか、エペル……だったか?」
エペルは自分の名前をデュースが知ってることに不思議そうにしてたけど、デュースがジャックに聞いたって話すと納得したみたいだった。
「キミたちは、たしかデュースクンとエースクン……それにグリムクンとシロサン……かな?」
「おぉ、オレ様たちを知っているとは。オレ様たちも有名になったもんだゾ」
「寮対抗のマジフト大会のエキシビションマッチ、すごく面白かったから。フフッ」
「なんか、不本意な方向で目立ってんな〜」
「う、うん……」
こういう目立ち方はあんまり望んでないかも……なんて、今更だろうけど。
それはそうと、エペルはなんで井戸の中に向かって歌ってたんだろうって思うと、デュースが質問してくれた。自分の声を客観的に聞くために、井戸のこだまを使ってたって……そんな方法があるんだ。すごいなって思ってると、エペルにそれを提案したのは、エペルが所属するポムフィオーレの寮長、ヴィル先輩らしい。
「ポムフィオーレには、『歌が上手くなければならない』って
「
「そうだね。特に寮の決まりではないんだけど……。僕、『ボーカル&ダンスチャンピオンシップ』のオーディションを受けるんだ」
ま、まさかのライバル……! わ、わぁ〜! 強力だ〜! 学園長が本気の人なら昨年から準備してるって言ってたけど、この感じ、エペルも大分長い間練習してたんじゃないかなぁ。すごいなぁ。
「へえ、すごいじゃないか」
「それで……もっと愛らしくて、可憐な歌声で歌えるようにって……」
そう言ってエペルはなんだか浮かない表情だった。
「え?」
今なんて、って聞き返そうとしたら、不意に声をかけられた。
「あら、エペル。歌の練習をサボって鳩とおしゃべり?」
「あっ……! ヴィル、サン……!」
は、鳩……!!
まさかの鳩発言に衝撃を受けるけれど、目に入ったその人のあまりの眩しさに思わず目を覆った。
「あれはポムフィオーレ寮長、ヴィル・シェーンハイト……!」
「うわ、近くで見ると整いすぎて迫力ある」
「アイツ、しろより1メートルくらい足が長ぇんだゾ!」
「め、目がぁ……!!」
眩しい……!! なんでみんな目を開けてられるの。グリムはモンスターだから別として、エーデュースはなんで開けてられるのって思うけど、そういえばこの二人も結構美形だったのを思い出した。あ、あた、あたしだってぇ! さすがに1メートルも差はないからぁ! ……た、たぶん。くっ、弱気になるなあたしッ!!
「そこの新ジャガたち」
「ふなっ? オレ様たちのことか?」
「他に誰がいるのよ。うちのエペルは今、大事な時期なの。『VDC』まであと2ヶ月を切ってる。泥も落としてないジャガイモと遊んでいる時間はない。レッスン中のこの子にちょっかいをかけないで」
こ、こわぁ……。こんなに綺麗な人にズバズバ言われると迫力があるな……。ジャガイモ、ジャガイモかぁ……う、うう、言い返せない……。
「ヴィルさん、そげな言い方やめてげっ! これはオっ、ぼ、僕が……」
「エペル。か行とさ行の音を濁らせるのをやめなさいと何度も言ってるわよね? 感情が昂ったくらいで芝居が崩れるようじゃお話にならない。到底、"真っ赤な毒林檎"にはなれないわ」
そのままヴィル先輩がエペルを連れて行こうとするけど、エペルは嫌がってるみたいだった。
「……でも僕、本当はこんなことっ!」
「……アタシとの約束、忘れたの? いいから来なさい」
「う…………っ」
な、なんだか……エペル、かわいそう。
そう思ったのはあたしだけじゃないみたいで、エースとグリムはすっかりやる気だった。
「ちょっとアンタ、寮長だかなんだか知らねーけど、ソイツ嫌がってんじゃん」
「出会い頭にジャガイモ扱いとは、バカにしてくれるんだゾ」
「お、おいお前ら。揉め事は禁止って学園長にさんざん言われてるだろ!」
「喧嘩はダメだって! お、落ち着いて二人とも……」
二人の間に何があるとか、そういうのはわかんないけど……良好な関係じゃないのも確かだけど〜! 闇雲に首突っ込むのもなぁ〜! でも放っておけないのもわかるし……ああ、難しいなぁ。
「ふぅん。ジャガイモ風情がアタシにもの申そうだなんていい度胸ね」
「へ」
「食後のウォーキング代わりにちょうどいい。かかってきなさい。マッシュポテトにしてあげる」
け、結局こうなるの〜!?
ドカッ!
「ふぎゃっ!」バシッ!
「ぐえっ!」ビシッ!
「ぐはっ!」ど、どっひぇ〜〜っ!!
しゅ、瞬殺……。魔法もすごいけど、何より身のこなしがすごすぎる……!! これが4年生の寮長の力なんだ……。
「全ての動きがドタバタしてて見苦しい。美しさがカケラも感じられない。100点満点中5点。次から喧嘩を売る相手はよく選ぶことね」
「ああっ……みんな、僕のせいで……」
「あら。アタシ、まるで悪役ね? でも……元はと言えば、エペル。ホリデー中にレッスンをサボってたアンタが悪いのよ。『VDC』でファイナリストに選ばれるためにはまだまだ課題は山積み。楽をして一番になれるなんて思わないで」
き、厳し〜! これが、美にこだわりを持つポムフィオーレの寮長……プロ意識が高い。なんだか住む世界が本当に違う感じがするなぁ……ジャガイモっていうのもちょっと納得かも……いや、納得はしたくないけどぉ。
エペルは結局ヴィル先輩に連れていかれちゃって、微妙な空気だけが残る。納得いってないのはみんな同じで、翌日の昼休み、あたしたちは体育館に移動して『VDC』に向けて身体を動かすことにした。
「全ての動きがドタバタしてて見苦しい。美しさがカケラも感じられない」
「100点満点中5点!」
エースとグリムがヴィル先輩の真似をする。地味に似てるのがなんかなぁ。
「ッカ〜〜〜!! 腹が立つんだゾ!!! 絶対にオーディションで華麗なダンスと歌を魅せつけて『代表選手になってくださいグリム様』って言わせてやるんだゾ!」
「おーよ」
フンフン鼻を鳴らすグリムが元気いっぱいに前足を繰り出すのに癒されていると、エースがデュースに話しかけた。
「……で、デュース? お前もオーディション受けるってどういう心境の変化?」
「僕だってああまで言われちゃ腹が立つ! それに……ちょっと、あいつのことが気になって」
「あいつって、エペルのこと?」
「ああ」
デュースは特にエペルを気にしてるみたいで、それが参加を後押ししたみたいだった。
「自分から『ボーカル&ダンスチャンピオンシップ』に参加希望しているようには見えなかった」
「確かに、少し気になる感じだったよね。寮長に怯えてるっていうか……」
「あいつ……僕とぶつかった時、泣いてたんだ。嫌なのに無理やりやらされているんだとしたら優等生として無視はできない」
「自分で"優等生"って名乗っちゃってるとこが優等生じゃないとは思うけど。確かにエペルって見るからに気が弱そうだし、渋々練習してんなら可哀想かもね」
「あ、あたしもそれ気になる!」
なんとか出来ることないかなって呟くと、エースが勝気な表情を浮かべる。あたしたちがエペルよりかっこいいパフォーマンスを見せて、オーディションでエペルを落とすって……まったく、エースってば随分簡単に言うんだから。……でも、間違ってないよね。それが多分、あたしたちが出来る唯一のことだと思うし。『真剣にテッペン狙ってないヤツが冷やかしに行くべきじゃない』か……よーし、あたしも頑張るぞっと。
「じゃあまずはダンスの練習から始めるんだゾ! しろ、音楽かけろ!」
「はーい」
言われた通り課題曲をかけて、手拍子をとる。最初は順調に見えたけど、曲が進んでいくにつれて、みんな動きがガタガタになってしまった。
ダ、ダンスって……結構難しい。これに本番は歌も加わるってことは……もしかしてあたしたち、かなりピンチなんじゃ……?
「ブハッ! デュース。お前、簡単なステップもマトモに踏めてねぇじゃん」
「なっ……しょうがねーだろ。ダンスなんかやったことねぇんだから!」
「ぐぬぬぅ〜。手と足が同時に出ちまうんだゾ〜」
「あはは。練習、がんばらなきゃだね〜」
といっても、自主練だとやっぱり限界がありそうな気が……。ヴィル先輩すごいオーラだったし、エペルはそんなヴィル先輩に見てもらってるんだし……このままだとエペルよりいい結果を出すなんて難しいんじゃないかな。
って思ってると、バタバタとした足音と一緒に、聞き覚えのある声が聞こえて、同時にあたしの背中に思いっきりぎゅっと軽い重さがのしかかってきた。
「しろ〜! ここで何してるの!?」
「り、りた!?」
りたこそ何でここにって聞こうとして、今度は後ろからカリム先輩の声が聞こえてくる。
「おっ? お前らもダンスかぁ? オレたちも混ぜてくれよ」
「ふなっ。スカラビアのギクシャクコンビ」
「変なコンビ名をつけるな。それに、別にギクシャクはしてない」
ジャミル先輩まで! いや……りたがいるってことはジャミル先輩もいてもおかしくないっていうか、ジャミル先輩がいるところにりたもいるっていうか……。
……りたから一応話は聞いてたけど、2人一緒にいて、VDCにも出るってことはその……大丈夫、なんだろうな。とりあえずよかったぁってほっとした。
「しかし、後ろから見てたけど、お前ら本当にヘッタクソだな〜! ゾウが二本足でどすどす慌ててるみたいだったぜ! あっはっは!」
うぐっ、まったく悪気のないカリム先輩の発言が余計にグサグサ刺さる……! これが純粋な言葉の暴力……!
「そうだ。ジャミル先輩、前にバスケ部でフロイド先輩にダンス教えてたことありますよね。たしか、ダンスが趣味なんでしょ? オレらにもダンスのコツ、教えてくださいよ」
「おう、いいぜ! ジャミルのコーチなら間違いない」
「なんでお前が返事をするんだ!」
カリム先輩、相変わらずだなぁと思ってると、あたしの背中に抱き着いたまま、りたが「でも断らないんでしょ?」って顔を覗かせる。ジャミル先輩も特に異論はないのか、短く息をつくだけで反論はしなかった。
「ゴホン……まあ、誰かに教えるのは自分の復習にもなるし。いいだろう。素人ならまずはアイソレーションからだな。足を肩幅に開いて……」
おお、専門用語まででてきてなんだか一気にそれっぽい。
それからジャミル先輩による的確な指導が始まる。ジャミル先輩の教え方は丁寧で、簡潔で、すごくわかりやすかった。それをどこか誇らしげな表情でふふんと見ているりたが可愛くて、気づけばあっという間に昼休みの時間は過ぎていった。
カリム先輩の「歌と踊りと宴は人数が多い方が楽しい」っていう理由で、ジャミル先輩に歌も見てもらうことに――なったというか、投げられたというか……――なって、晴れてあたしたちは一緒にレッスンをすることになった。「りたはVDCに出ないの?」って聞くと、りたはふふっと笑って「今回はジャミルのサポートするんだ〜!」と恋する乙女モード全開の可愛い姿を見せてくれた。「あ、もちろんしろのサポートもね!」なんて言ってウインクしてくれたりたに思いっきり抱き着く。ありがとう。りた! あたし、頑張れそう!