3.合宿スタート!

 水回りのリフォームも終わったオンボロ寮に、みんなが合宿に来る日。あたしとグリムは、玄関でみんなをお出迎えした。

「ボンジュール! しろくん。グリムくん。これから4週間、お世話になるね。よろしくたのむよ」
「これもツナ缶のためだ。しかたねぇんだゾ」
「いらっしゃいませ!」

 ついに強化合宿の幕開けかぁ……。場所を貸すだけ、ってわけでもないだろうし、サポートって、なにすればいいだろう?

「あら、思ったより綺麗にしてるのね」
「お邪魔します……」

 控えめに挨拶をするエペルとは反対に、ヴィル先輩は堂々としてる。そうなんですよ〜、最近ようやく綺麗になってきたっていうか……なんて、思いながらも、キラキラしてるヴィル先輩たちがオンボロ寮にいるのはちょっと慣れなかった。

「おぉ、なんか天井が低い部屋だな。魔法の絨毯に乗ったらすぐ頭をぶつけちまいそうだ」
「はぁ……まず、屋内で飛ぼうとするな。しろ、悪いが俺の部屋はカリムと同じか隣の部屋にしてくれないか? 鏡舎を通らなぶん、スカラビアよりセキュリティが甘いからな」
「あ、は、はい。そうしておきますね」

 ジャミル先輩の判断に、カリム先輩は心配性だっていうけど、ジャミル先輩はすごく、うん。なんていうか、現実的だった。
 合宿のためとはいえ、オンボロ寮にジャミル先輩が来ることをりたになんて言おうって、ちょっと気にしてたんだけど、りたはあっさり「そうなの? がんばって!」って明るく返事をしてくれて、「困ったこととか、手伝ってほしいこととかあったらいつでも言ってね!」とまで言ってくれた。あたしは本当、なんて言おう……りたを差し置いて、やましいことは何もないけど……って思ってたって言ったら、りたはそれこそ大笑いして「しろだからいいよ」っていうから、あたし、なんか……りたと友達になれてよかったなって、すごい思ったんだ。
 そう思ってたら、次はエースとデュースがオンボロ寮に到着した。

「お邪魔しまーす」
「しろ、今日から世話になる。これ、トレイ先輩から」
「ん? 箱の中から甘くていい匂いがするんだゾ」
「トレイ先輩特製のチョコレートケーキとアップルパイ」
「えっ!? トレイ先輩の!? わぁ〜! 嬉しい〜!」

 トレイ先輩の作るお菓子はすごく美味しいから、すごく楽しみ……! さすがトレイ先輩、手土産まで持たせてくれるなんてしっかりしてる……。もしかして、このポジションって……かなり役得なんじゃ……?
 あとでみんなで食べようねって言ってると、そこにヴィル先輩が割って入る。

「……残念だけど、その手土産は没収させてもらうわ」
「へっ!? な、なんで!?」
「まったく、トレイは相変わらずね。「良かれ」で甘やかして相手を駄目にする、一番気を付けなきゃいけないタイプの男」

 そ、そんな……トレイ先輩のダメ出しまで……。
 ヴィル先輩の手にケーキが渡るのをああ、そんなっと思いながらぐっと堪える。捨てるとは言ってなかったし、ヴィル先輩にもなにか考えがあるんだろうし……ここはおとなしく引き下がろう……。
 そのままヴィル先輩は大事な話があるとかで、みんなをオンボロ寮の談話室に集める。大事な話ってなんなんだろうって思っていると、ヴィル先輩はまず、持ってきた荷物を開けるように言った。そうしてはじまる持ち物検査。まずダメ出しをもらったのはエーデュースだった。

「…………やっぱりね。新ジャガ1号、2号。なに? このスナック菓子と炭酸ジュースは。クッキーにキャンディ、チョコレートバーまである!」
「夜にお腹がすくので……」
「せっかくの合宿だし、しろたちと食おうかなって」

 あ、あれ。ケイト先輩が言ってた新発売のやつだ。あたしも気になる……。
 ヴィル先輩は呆れたような顔をして、次にカリム先輩の荷物を漁った。

「カリム。アンタの荷物も、大半が食べ物の入ったタッパーじゃない!」
「おう! ジャミルに作ってもらった揚げ饅頭と、クナーファっていう小麦粉の菓子だ。ナッツやチーズ、クリームなんかをのせるとうまい。お前らに食ってもらおうと思ってさ!」
「ジャミルは食べ物を持ち込んでないようだけど……なに? この大きな布の堤は」
「有事の際にすぐ解毒薬を調合できるように、魔法薬と薬草のセットです。魔法薬学に長けたヴィル先輩がいらっしゃるので、必要ないかとも思ったのですが、念のために」

 なんか物騒だけど、ジャミル先輩の荷物はとりあえず許可が下りたみたい。
 そうしてヴィル先輩が次に見たのは、エペルだった。

「エペル。まさかお菓子なんて持ってきてないわよね?」
「えっと……は、はい。でも……自分で作った林檎のドライチップは、ちょっとだけ……」
「ナッツやドライフルーツは食べすぎない限りはOKよ」

 ん……? ナッツや、ドライフルーツは……ってことは、まさかと思うけど……まさか、だったりするのかな……?

「最後にルーク。アンタのことは信頼しているわ。でも荷物が分厚いアルバムだけって……一体なんなの?」
「はは。それはただのライフワークの記録さ。肌身離さず持っておきたくてね。プライベートなものだから、今ここで開かれると恥ずかしいのだけど……」
「失礼ね。アタシも他人のプライバシーを侵す気はないわ」

 そういうと、ヴィル先輩は「さて、それじゃあ……」と口にして、並べ立てたお菓子たちに向かってこう宣言した。

「ここにある砂糖や小麦粉を使ったお菓子、ドリンク類はすべて没収よ!!」
「「「「「えぇ〜〜〜っ!?」」」」」

 や、やっぱりこうなった! 薄々そんな気はしてたけど、いざ宣言されるとそんなぁ〜! って気持ちになるよ〜!

「なんでだよ。別に毒なんか入ってないぜ?」
「スカラビアコンビは発想がいちいち物騒! そういうことじゃないわよ。強化合宿をなんだと思ってるの?」

 ヴィル先輩曰く、『VDC』に向けて心身を磨き上げるために、太りやすくて、肌荒れの原因になりやすい食べ物や飲み物は一切禁止するらしい……。
 その間は、ヴィル先輩が考えた栄養豊富かつ高タンパク、低カロリーの食事になるのだとか……。それに嚙みついたのはやっぱりエースだった。

「はぁ? オレら育ち盛りなんですけど?」
「あら。アタシは深夜にお菓子をつまみ食いしなくても183cmまで身長が伸びたわ。育ち盛りにとって大切なのは、栄養素を過不足なく摂り、しっかりと睡眠をとることであって、食べたいだけお菓子を貪って、あちこちニキビを作ることじゃない。覚えておきなさい」

 せ、説得力……! これがプロ意識ってやつ……? さすが、500万人もフォロワーがいるインフルエンサー! 本当にすごい人とエースたちはVDCに出るんだなぁ……。

「なあ、オレ様たちは選抜メンバーじゃねぇんだから、食ってもいいんだろ?」
「好きにすればいいけど、メンバーの前で食べてストレスを与えるのはやめて」
「あ、はい……もちろんです」

 確かに正論ではあるけど、厳しいなぁ。一応隠れて食べてもいいみたいだけど、みんなが厳しい食事制限の中頑張ってるのをわかってて食べるのは……うーん、かなり罪悪感が……。
 一秒でも時間を無駄にしないために、ヴィル先輩がさっそくレッスンをこれから行おうと声をかけたとき、ヴィル先輩に着信があった。

「ん、マネージャーから電話……なにか急用かしら?」

 ピッ

「もしもし? アデラ? ……『VDC』でしばらくは忙しいって伝えたじゃない。手短におねがい。………………本当に!? あの『レジェンダリー・ソード』!? 前作はアタシも映画館で見たわ。それで、オファーがあったのはどんな役?」

 相手の声はわからないけど、なんだか嬉しいことがあったみたい。オファーっていってるし、有名な作品なのかな? でも、ヴィル先輩の声が弾んでたのはここまでだった。

「――ちょっと待って。美形な悪役? アタシ、そういうタイプキャストの依頼は断れって言ったわよね? ……オーディション無しでアタシをご指名なら、当然主役ももう決まってるんでしょう。キャストによっては考えなくもない。…………また、ネージュ?」

 ネージュ? ネージュって……どこかで聞いたような……。う、うーん。思い出せない。
 ヴィル先輩の顔は次第に険しいものに変わっていって、見ていてはらはらした。

「アタシの気持ちをお金で買おうとしないで。どれだけ積まれたって出たくないものには出ない。アタシはただ……舞台の上に最後まで立っていたいだけ。…………今は『VDC』に全力を尽くしたいの。今回のオファーは断っておいて」

 それでも食い下がられたのか……最終的にヴィル先輩は「しつこい!」って声を上げて『VDC』が終わるまでかけてこないように言って電話を切ってしまった。
 その後、気を取り直すようにすぐにレッスンは開始されて、柔軟体操を終えると、ヴィル先輩が『VDC』で使うみんなのオリジナル曲が出来上がったことを発表してくれた。『ボーカル&ダンスチャンピオンシップ』の選考基準は、純粋な歌唱力とダンスで決まるみたいで、観客と出場者とスタッフにそれぞれ1票ずつ投票権があって、それで勝者が決まるシステムなんだとか。
 オリジナル曲を用意するのも、『VDC』で勝つための常識になりつつあるって……本当にすごい大会なんだなぁ。

「それじゃあ、マネージャー。オーディオプレイヤーで曲を再生してくれる?」
「マ、マネージャー? それって……あたしのことでしょうか……?」
「アンタ以外に誰がいるのよ。学園長にサポートを頼まれたんでしょう? 賞金が欲しいなら、アタシたちのためにキリキリ働きなさい」
「わ、わかりました!」

 これも住環境のためだし……頑張ろう。ってやっぱり、オンボロ寮を宿泊施設として貸し出すだけじゃだめだよねぇ〜! 美味しい話には裏があるっていうけど……学園長、あたしを体のいい雑用係にしたかっただけじゃ……ま、まさかね。
 ヴィル先輩に言われた通り、機材を操作して曲を流す。

「壊れるような 輝きは 消してあげる」

 流れてきたヴィル先輩の歌声に、わっと盛り上がる。まるでプロの楽曲みたい! これをメインボーカル3人と残りをコーラスメンバーにして構成して、ダンスも曲にあったオリジナルの振り付けを準備してるみたいで、ヴィル先輩はまず、振り付けの雰囲気が似た動画を紹介しようとしてくれた。

「オレ様知ってるんだゾ。動画を見る前は、CMみないといけねぇんだろ?」

 グリムの言う通り、画面にCMが流れる。

『大切にしたいのは、パウダースノーの軽やかさ。デリケートな肌を守る、UVベース誕生』
『これは君の願いを叶える、魔法の日焼け止め』
『フェリシテ・コスメティックス。プレシャス・プロテクションベース』
『ねぇ、ここへ来て……』

 お、思い出したぁ……! ケイト先輩が言ってたネージュってこの人だ! 確かこの人もVDCに出るんだよね? きょ、強敵だぁ……!!

「彼を射落とさなければ我らの優勝への道は絶たれると言っても過言ではない。しかし……ああ……彼の唇は赤い薔薇。髪はくろぐろと輝いて、可憐な笑顔は誰もを魅了する……。ライバルながら、実にボーテ……!!」
「あはは、すごくなんというか……愛らしい人ですよね」
「なになに? しろ、こういう奴がタイプなの?」
「た!? いやタイプっていうか……一般論っていうか……?」

 びっくりしたぁ。そういえば、改めて考えてみるけどそういうのは特に考えたことないなぁと思う。いつかあたしにもそういうタイプとかわかったりするんだろうか。
 その時間はみんなでダンス動画を見て終わった。その次のレッスンでは、はやくもメインボーカルとダンスメンバーの発表があって、メインボーカルはヴィル先輩にジャミル先輩、それからエペルだった。残りのメンバーはコーラスとダンスを担当するみたい。
 初日からレッスンは本格的なものになってて、マネージャーのあたしはヴィル先輩に扱き使われながら、みんなの様子をビデオに収めて行ったりした。
 さすがプロって言うだけあって、ヴィル先輩の扱き……もとい指導は的確で、みんなズバズバと切り込まれては徐々に動きはよくなってきたようにあたしには見えた。でもあまりのその厳しさに、選抜メンバーじゃなくてマネージャーでよかったかも……ってちょっとだけ思ったのは内緒だ。

「はぁ〜……夕食食い終わったけど、なんか物足りなかったな」
「わかる。まずくはなかったけど、全体的に辛さのパンチと油のコクが足りねえってかんじだ」
「野菜、鶏肉のささみ、フルーツが中心のレシピだった。量は十分だと思ったが」
「『"痩せ"じゃなく"引き締め"のためのメニュー』と言っていましたね」
「でも、野菜ばっかじゃ食った気がしねぇんだゾ。オレ様としろは大会に出ねぇんだから、肉と揚げ物食わせろってんだ〜!」

 グリムのボヤキにあたしはあははと苦笑いする。共同生活だから、あたしたちだけいつも通りのメニューとはいかないよね。みんなもこうして頑張ってるんだし、あたしたちも一緒に頑張らないと。
 それにヘルシーで美味しかったし、あたしは結構好きだったなぁ。
 って話をしていると、玄関のチャイムが鳴った。何だろうって行ってみたら、宅配便が届いていて、エペルの実家から大量の林檎ジュースが届いていた。ジュース屋でも開けそうな量にあたしは「どひぇ……」っと驚いたけど、みんなで協力して談話室に移動させて、エペルから林檎ジュースをごちそうになった。
 ありがとう、果汁100%。砂糖、保存料不使用の自然の味。騒ぎを聞きつけたヴィル先輩がやってきたけど、このジュースが没収されることはなかった。
 ……まぁ、でも。22時就寝を義務付けられちゃったのは、ちょっとだけあれだけど。

「ふなぁ〜。まだ合宿1日目だってのにもうクタクタなんだゾ〜」
「雑用係も楽じゃないね。出演者のみんなはなおさらだろうし」
「これもツナ缶富豪のため……。アイツらにはぜってー優勝してもらうんだゾ」

 寝る前にグリムと話をしてると、外から何か歌が聞こえてきた。
 この声は、もしかして……。大変! 夜更かしはヴィル先輩コーチに怒られてしまう!

「グリム! 行こう!」
「おう! まったく、世話が焼けるんだゾ」

 外に出ると、カリム先輩の歌声がもっとよく聞こえた。カリム先輩は何度も何度も、躓いてるところの歌詞を繰り返して練習してるみたいだった。

「コラッ、カリム!夜ふかしすると鬼コーチ・ヴィルにどやされるんだゾ!」
「おわっ! グリムにしろ! もしかして、寮まで声聞こえてたか? 悪い、悪い!」
「昼間くたくたになるまで練習したのに、まだやってんのかぁ?」

 どひぇ〜、カリム先輩、すごい努力家だなぁ。でも、練習しすぎるとかえってよくないってヴィル先輩も言ってたし……。控えめに止めると、カリム先輩もこんなに練習したのは今日が初めてだって話をしてくれた。

「…………オレ…………メインボーカルに選ばれなかったの、結構悔しくってさ」
「へ? 全然そんな風に見えなかったんだゾ」
「あ、あたしも……」
「オレも発表されたときはなんにも感じなかったけど、さっきベッドに入って目を閉じたら、だんだん悔しくなってきて……。いてもたってもいられなくて、練習しにきたんだ」

 そ、そうだったんだ……。後から感情がついてきて、そんな風に思ったりしたのかな……? 
 けど、カリム先輩はあたしたちが思ってるより、もっとなにか、大事なことに気づいたみたいな、そんな雰囲気で話をした。

「オレ、「自分が選ばれて当然だ」なんて考えたことさえ、一度もなかった。ってことは、それが一度も頭をよぎらないくらい、ジャミルがオレに席を譲ってくれてたってことなんだよな……きっと」

 あ……。

「……悔しいよ。スゲー悔しい」

 なんて言おうって、あたしが考えていると、グリムがなんてことないみたいに「そんなこと言ったら、オーディションに落ちたオレ様のほうがよっぽど悔しいんだゾ」って言って、空気がいつもの感じに戻る。

「あっ、それもそうか。悪い、嫌味を言うつもりじゃなかったんだ! いやぁ、オレ、こういうところだよな〜。ほんとスマン!」
ウッ素直に謝られると、尻の座りが悪い。エースたちなら逆に煽ってくるのに……。ゴホンッ! そう思うなら絶対に『VDC』で優勝するんだゾ」
「そうだな。頑張るから応援してくれよ!」
「はい。あたしたちも全力でサポートします!」

 一時はどうなることかと思ってたけど、カリム先輩に変化があったってことは、きっと、ジャミル先輩との仲も進展するはず……だよね?
 VDC……みんなで優勝できたらいいな。そのためにも、あたしもマネージャーとして頑張らないと。

「騒がしくして他の奴らを起こしたくないし、歌の練習はやめにして、今日は寝るとするぜ」
「また明日からがんばりましょう。おやすみなさい」
「おう。おやすみ、しろ、グリム!」

 さて、あたしたちも部屋に戻ろう。う〜、寒。今日も冷えるなぁ。グリムを抱っこしてあったかくして寝よっと。