5.しみしみお出汁のだし巻き卵!

 あれからデュースはイグニハイド寮からマジカルホイールを借りて、エペルを探しに向かった。思い立ったら即行動なのはすごくデュースらしくて、あたしたちはデュースがエペルを連れ戻してくるのを信じて待つことにした。
 ……のはいいけど、後からそういえば外出許可ってどうなったんだろうって気づいて、ルーク先輩たちと頭を抱えたのは秘密。そういうどこか抜けてるところもデュースらしいよね。
 そうして2人を待ってる間、あたしはというと……ヴィル先輩に料理を作ってもいいかお伺いにきていた。今のあたしにできる、精一杯。それが何だろうって考えた時、浮かんだのはこれだったんだ。

「へぇ……お味噌汁なんて聞きなれない料理名だったから半信半疑だったけど、なかなかイケるわね」
「ありがとうございます。これはエースとデュースもお気に入りで……あたしの故郷でも身体にいいってよく言われてたので、これならみんなも食べれるかもって思ったんです」

 ヴィル先輩の監修のもと、つやつや、お出汁しみしみのだし巻き卵とお味噌汁を作れば、見慣れない料理に怪訝な表情を浮かべていたヴィル先輩も、一口食べればみんなに出す許可を出してくれた。
 砂糖も保存料も不使用。完全に自然の味。ありがとう、我が故郷日本。母なる大地……日本の食はこの不思議な世界でも通用したよ……と密かに感激していると、ヴィル先輩が口を開いた。

「この味噌、発酵食品なんですってね? 発酵食品には腸内環境を整え、シミ・シワ・たるみの防止のほか、肌荒れにも効果が期待ができるわ。卵焼きの方も、自然の出汁を使うことで肌のターンオーバー促進し、お肌にハリと潤いを与える……なかなかにいいレシピだわ。アンタ、やるじゃない」
「!! お、お褒めにあずかり光栄です……!」

 わ、笑った! ヴィル先輩……思ったよりかなり気に入ってくれたのかな……? こんなことなら、もっとはやく相談すればよかったな……。

「みんな頑張ってて、あたしに出来ることって何だろうって考えたら、『そうだ、これがあった!』って思い出して……あ、ヴィル先輩の料理より全然見た目は地味なんですけどね……!」
「いいじゃない、華やかな料理はたしかに人目を惹くけれど、中身が伴ってないのなら何の意味もないわ。この料理には、今アタシたちに必要なものがきちんと込められてる。文句なんて出るわけないわ」
「ヴィル先輩……」

 厳しい人だって思ってたけど、ヴィル先輩って、あたしが思ってるよりずっと、広い視野でいろんなものをみてるんだなぁ……。なんだかかっこいいなって、そう思った。

「他にも何か活用できそうなレシピは知ってるかしら?」
「えーっと、砂糖不使用……高タンパク、低カロリーだと……」

 あたしのなけなしの料理知識を総動員しながら、ヴィル先輩と話をしていると、少しだけ慌てた様子でルーク先輩がキッチンに顔を出した。何かあったのかな……?

「大変だ。ヴィル、しろくん。デュースくんとエペルが……他校の生徒と喧嘩になった」
「えっ!?」
「なんですって!?」

 無断外出だけでもやばいのに、デュースったらなんでそんなことになってるの〜!?
 喧嘩になってすぐに学園に連絡が入ったみたいだけど、2人は大丈夫なのかな……。ヴィル先輩と話していたルーク先輩があたしに顔を向けると、安心させるように微笑んで、きっと大丈夫だからと2人を信じて待つように声をかけてくれた。
 そのあとすぐにヴィル先輩と話があるとかでルーク先輩は消えてしまったのだけど、1人キッチンに残されたあたしははらはらするしかできなかった。
 そんな時、ひょいっとだし巻き卵を一切れ掴む手があった。

「もーらいっと。あー……」
「あっ、エース! ちょっと、つまみ食いは……!」
「いいだろ別にこれくらいさー。お、うっめ。相変わらずしろが作るオムレツは変わってんなぁ」
「オムレツじゃなくてだし巻き卵。玉子焼きね……」

 エースも相変わらず覚える気があるんだかないんだか……変な呼び方するんだから。でも、あまりにもいつも通りのエースになんだかほっとする自分もいた。

「なあなあ、しろ。そっちの鍋に入ってんのはもしかして味噌スープか!?」
「そうだけど……」
「こっちも1杯――」
「だーめ!」
「ちぇー」

 間食したってヴィル先輩に知られて怒られるのはエースなんだから。だめだよ、っていうと、エースもそこは分かってるみたいで、わりとおとなしくうなずいてくれた。代わりにしょうがなくもう一切れだけだし巻き卵を渡すと、「やりぃ」って嬉しそうに頬張るから、もしかしたらエースの狙いは最初からこっちの方だったのかもしれない。だとしたらほんと、要領がいいんだから。
 出汁の匂いにつられてきたのか、「なんかいい匂いが……ふなっ!? エース! オメー抜け駆けは許さないんだゾ!」ってグリムまで来ちゃって、あたしは結局だし巻き卵をもう一つ焼く羽目になってしまった。もう、怒られても知らないんだからね……!
 その後、見事にヴィル先輩に見つかって、他のメンバーよりエースがキツめにしごかれたのは言うまでもなかった。







 デュースとエペルが帰ってきたのは、すっかり日も暮れて、あたりが暗くなったころだった。
 ポムフィオーレの寮の前で構えるヴィル先輩の迫力に圧倒されながらも、2人は帰還した。今回は正当防衛が認められたみたいで、大会の出場には影響はなかったのが幸いだったというか……。それでも、無断外出に大会中はご法度ともいえる喧嘩をした上、レッスンまでサボったことからヴィル先輩はおかんむりだった。
 でも、デュースとエペルの顔は、前よりずっとよくなっていて、エペルはヴィル先輩がいう強さの意味がわかったとかなんとかで、ヴィル先輩もどこか嬉しそうにみえた。結果的に、よかった、っていうことなの……かな? 

「二度目はないわ。覚えておきなさい」
「「ハイッ!」」

 あまりにも元気のいい2人の返事に、呆れ気味のヴィル先輩は、体力が有り余ってるようだからと寮の外を30周ランニングするよう言いつける。それにも元気のいい返事をするデュースとエペルに、あたしはなんだかほっとした。

「おい、エース!」
「あ? ナニ? 昼間のこと謝れとかいうんじゃねーだろーな」
「誰が言うか、そんなこと」

 エースの方に駆け寄ってきたデュースが何を言うつもりなんだろうってあたしも視線を向ける。喧嘩じゃなさそうだけど……。

「お前の言う通り、僕はお前より頭も、要領も悪い。でも……絶対、お前に負ける気ねぇからな。それだけ言っておこうと思って、それじゃ!」

 そういうと、デュースはすぐにランニングに戻ってしまう。残されたエースは「………………ハ?」と大分困惑してるみたいだった。

「え? あれなんの宣言? はぁ? オレがあの単純馬鹿に負けるとか、ありえないんですけど。しろもグリムも、そう思わね?」
「オレ様からすれば、オメーもデュースもどんぐりの背比べなんだゾ」
「ハァー!? なんだと、この毛むくじゃら〜〜!」

 なんだか……青春だなぁ。
 デュースもエペルもいい方向に変わったみたいだし。あたしも自分のやれることを見つけられたし……うん、これって、かなり調子いいんじゃない?

「明日からの練習が楽しみだね!」

 あたしがそういうと、エースは明日からのヴィル先輩のしごきを想像したのか、苦い顔を浮かべたけど、十分明るい表情だった。
 でもまずは、みんなで腹ごしらえかな。







 初めて出るお味噌汁とだし巻き卵の和食メニューに、馴染みのないメンバーは不思議そうな顔をしていたけれど、エーデュースにグリムが「味噌スープだー!」ってはしゃいで食べているのを見ると、みんなもおそるおそる口をつけてくれて、美味しいっていってくれた。こっちの世界じゃ、どうしてもオムレツとか、スープの扱いになるのか、名前を覚えるのに少し苦労してみたいだったけど、結構好評で、このメニューはこれからも度々組まれることになった。
 こんなことなら、もう少し料理の勉強とかしとけばよかったなぁって思う。他にあたしが作れそうなものだと、肉じゃがとか、ハンバーグとか、コロッケとかだけど……高タンパクかつ、低カロリー。そして砂糖不使用とくるとなかなかメニューの幅が思いつかない。それこそきんぴらごぼうとか……? ってうんうん頭を悩ませていると、見覚えのある姿が寮の外に見えた。

「あれって……」

 寮の外へ足を運ぶ。「ツノ太郎」って声をかけると、彼はこっちを向いてくれた。

「お前か……」
「今日もお散歩してるの? 寒くない?」
「特に寒さは感じないな。お前はどうだ? 人の子よ」
「この気候で寒さを感じない人のほうが珍しいんじゃないかなぁ?」

 吐く息が白い。ツノ太郎は平然としてるけど、それなりの時間外にいたみたいだし……ツノ太郎に自覚はないかもしれないけど、冷えてるんじゃないかなぁ。
 何かあったかなと思うと、そういえば夕飯の残りがまだあったことを思い出して、それを温めなおしてツノ太郎に食べてもらおうかなとひらめいた。何かお腹に入れるとあたたまるしね。何もないよりはいいよね。

「ツノ太郎、ちょっとうちに来ない?」
「?」

 こっちこっちとツノ太郎の手を引いてオンボロ寮の中へ案内する。掴んだ手はやっぱりひんやりしていて、「ツノ太郎、やっぱり冷えてる!」ってびっくりしちゃった。
 ツノ太郎はあたしにされるがままって感じで、おとなしくついてきてくれて、ここに座って待っててねっていうと、わかったと頷いた。あたしはその間にだし巻き卵とお味噌汁、ついでに冷凍しておいたご飯を温めなおして、ツノ太郎の前に「はい、どうぞ」と出す。初めて見る料理だからか、ツノ太郎はだいぶ怪訝そうな顔でだし巻き卵を見ていた。

「人の子。これはなんだ……? 卵……?」
「うん。だし巻き卵っていうの。お出汁と一緒に卵を巻いたものなんだよ。美味しいから食べてみて」
「…………」

 出汁っていう概念がこっちでは馴染みがないみたいだから、そりゃ不思議だよねと思いながらにこにこ見守っていると、ツノ太郎はやがて一切れとって、口をつけてくれた。もぐもぐと無言で食べるツノ太郎に「……どうかな?」って少しだけ緊張しながら聞くと、しばらくして「……うまい」ってかえってきて、あたしはほっと息をついた。

「これが出汁か……? 口の中から何かが溢れてくる」
「そうだよ。ご飯と一緒に食べるともっとおいしいんだから。ほら、今度はこれと一緒に食べてみて」
「ああ……」

 スプーンでお米をすくって、ぱくりと食べたツノ太郎はしばらくして「なるほど、確かにな」と納得したように頷いた。その反応がなんだか可愛くて、あたしはお味噌汁もすすめる。

「今度はこっち。お味噌汁。これもお出汁と味噌の味が広がって美味しいんだよ。ほっとするから、身体も温まると思う」
「そうか。ではこちらもいただこう。…………ふむ、なかなかに美味なものだ」
「よかった。残り物で悪いけど、遠慮なく食べてね」

 もうあんまり長い時間、あのままで外にいちゃだめだよ、っていうと、ツノ太郎はなんだかおかしそうにふっと笑う。あたしなんか変なこといったかな? お母さんみたいだったとか? ってひそかにちょっと気にしてたら、不意にツノ太郎と目が合う。

「お前は……つくづく不思議な奴だ」
「え……?」

 それって、どういう意味……?
 それ以上ツノ太郎はなにもいわずに、黙って食事をしていた。沈黙の中で、ツノ太郎のどこか嬉しそうな雰囲気だけが伝わってきたことだけはたしかだった。