6.直前プラクティス
VDCまで1週間を切るとみんなのレッスンも当日の衣装――なんと学園の代表という意味も込めて、制服が衣装になるらしい――を着て行うようになった。みんなの歌声も、ダンスも、どんどん磨かれていって、まるで原石がどんどんダイヤモンドになっていくみたいな、そんな過程をみている気分だった。
これなら優勝だって絶対夢じゃないはず! グリムの肉球とハイタッチをしてはしゃいでいると、学園長からVDCの関係者席のチケットをもらった。友達や家族にっていうことで、あたしはりたにあげようかなって思って話してみたんだけど、りたは「フフン……これを見て!!」って言って高々とあたしにプレミアチケットを見せた。
「えっ!? それって……VDCの関係者席のチケット!? ま、まさか……」
「そう! そのまさか! ジャミルがわたしにくれたんだ〜!」
「お、おお〜っ!!」
す、すごい! すごいよ、りた! 進展してる……!!
妹さんにあげるとかそういう風に言ってたから、てっきりあたしは……。何はともあれおめでとうだ!
「よかったね〜! りた〜!」
「えへへ、ほとんど粘り勝ちみたいなもんだったけど。妹も来るっていうし? 案内役兼護衛なら任せて! ってごり押しした!」
は、ハートが強い……! さすがりた……。これで妹さんとも接点ができるってこと!? すごい、すごいよりた……着々と外堀まで埋まってる……! あたし、りたがすごく輝いて見えるよ……!
「てなわけで、そのチケットは他の人にあげてよ。しろは気になる人とかいないの〜?」
「き、気になるって……あたしはそういうのはまだ、ちょっと……」
「つまんないの〜。でも、もしできたらわたしに真っ先に教えてね!」
「う、うん。もちろん……」
気になる人、か……あたしにはまだ想像つかないなぁ。別の意味で気になってる人、っていうのはいないこともないけど――正体不明っていう意味では、ツノ太郎とか――そういうのはよくわかんないや。
でも、その日の夜、また寮の前でツノ太郎と出会った。
黄緑色の不思議な光に導かれるみたいに辿った先で、見つけたツノ太郎に声をかけると、「また会ったな、ヒトの子よ」なんて言って、あたしを迎えてくれた。
「こんな時間にまたどうしたの?」
「…………さぁ。僕にもわからない」
「わからないって……」
「気づいたらここへ来ていた」
いつもの散歩とはまた違うのかな……?
今日はみんな綺麗に食べちゃったから、残り物もないし……。おもてなしできそうなものがないんだよね。お菓子も今はヴィル先輩から禁止令が出てるから、持ってないし……どうしようかと思ってると、あ、とチケットの存在を思い出した。
「ツノ太郎、よかったらこれ……」
「……これは……今度の文化祭で行われるステージのチケット? まさか、この僕を招待しようというのか?」
「うんうん。ツノ太郎さえよければ、ぜひ見に来てよ」
みんなのステージ、きっとツノ太郎も楽しめると思うんだって、言ったら、ツノ太郎はなんだかおかしそうに笑い声を上げた。
「フ、フフフッ……ハハッ! お前は本当に恐れを知らないとみえる。いいだろう。この招待、謹んで受けとろう。カードを贈ることはあったが、こうやって招待状をもらうのは……初めてかもしれないな」
「カード……? あ、もしかして……ホリデーカードを贈ってくれたのって……ツノ太郎!?」
「ああ。如何にも」
返事は来なかったがな、ってちょっとだけ拗ねたみたいに口にするツノ太郎に「わー! ごめん! 差出人がわからなくて……!」って慌てて弁解する。
ツノ太郎はあたしの慌てっぷりが面白かったのか、「そうだな。お前は僕のことをよく知らない世間知らずなんだったな」なんて言って笑ってた。ど、どういう意味なんだろう……?
「ところで、お前も舞台に上がるのか?」
「ううん、あたしはマネージャーなんだ。裏方だよ」
「なに? ……それは残念だ。だがシェーンハイトとアジームが出演するのか。フフ、それはなかなかの華やかさだろうな」
「そうなの! 歌も踊りもかなり本格的なんだ。きっとツノ太郎もびっくりするよ!」
あたしがそう力説すると、ツノ太郎はそうかそうかと頷いて、どこか嬉しそうに笑った。
「文化祭当日、楽しみにしている。……おやすみ、しろ」
「あ、おやすみ。ツノ太郎」
ツノ太郎はそのまま一瞬でどこかに消えてしまった。喜んでくれてよかったけど、そういえばまた名前を聞き忘れちゃったな……。今度会った時こそ聞いてみようと思ってあたしは眠りについた。
「かび臭い部屋だ…」
リンゴを液にたっぷり浸し
食べれば誰でもこのような姿に
あの白雪姫が おもわず食べたくなるように
食べるかい? ハッハハハッハ
どうしたら生き返るかも…調べておかなければ
恋人のキスかい バカな!
心配いらない
あの子を死んだと思い 生きたまま埋めるじゃろう
生き埋めじゃあぁぁぁ
ハッハハハハハ…
リンゴを液にたっぷり浸し
食べれば誰でもこのような姿に
あの白雪姫が おもわず食べたくなるように
食べるかい? ハッハハハッハ
どうしたら生き返るかも…調べておかなければ
恋人のキスかい バカな!
心配いらない
あの子を死んだと思い 生きたまま埋めるじゃろう
生き埋めじゃあぁぁぁ
ハッハハハハハ…
なんだか……嫌な予感のする夢だったな。
うーんっと伸びをする。今日はついに、ボーカル&ダンスチャンピオンシップ当日だ。
あたしはリハーサルの時間まで、グリムと一緒に文化祭を見て回ることになった。先にマネージャーとしてステージを見ておこうと移動すると、そこにはサバナクロー寮の人たちがいて、ステージの設営を手伝っていた。業者に頼るところも結構あるけど、だいたいはこうして生徒たちが設営するものらしくて、大分本格的だった。
へーっと関心していると、そこに今回の運営委員長でもあるリドル先輩とトレイ先輩が見回りにやってきた。流れであたしも一緒に周りを見て回ることになったけど、どれも個性が出てて、見ていて楽しかった。
4年生たちの成果発表はあたしには難しいものが多かったけど、トレイ先輩たちサイエンス部のカフェは植物園がブースになってることもあって、なんだかかなり雰囲気がよかった。文化祭は2日あるし、明日りたと一緒に来ようかなって思いながら次のブースに進むと、ガーゴイル研究会のブースに入ったんだけど、怖い顔のモンスターの置物がいくつもある上に、他に誰もいなくてなんだかよくわからなかった。
続いて入ったボドゲ部のVRボードゲームは、コンピューターゲームみたいですごく面白そうだった。時間がなくて体験まではできなかったけど、すごい作品だったなぁ。その後の「山を愛する会」の展示ブースは……展示品自体より、ジェイド先輩とフロイド先輩のやり取りのほうが強烈だったかも。次のブースを見に行こうとすると、時間になっちゃって、慌てて門の方の整備と、残る東校舎の見回りに向かう。そこでナイトレイブンカレッジの生徒が、ロイヤルソードアカデミーの生徒に絡む事件が起きたけれど、リドル先輩が解決してくれて、ついでに迷子だっていうロイヤルソードアカデミーの生徒の放送もして、最後に軽音部を見て回ると、リリア先輩に声をかけられた。
「……ああ、そうじゃ。そこの……しろ」
「あ、あたしですか?」
「お主、『VDC』の招待状をあやつに贈ってくれたそうだな」
あやつ? あやつって……あたしが贈った人は1人しかいないし、ツノ太郎のことかな?
「はい。タイミングがよかったので」
「言葉には出さんが、とても喜んでおった。わしからも礼を言う。誘ってくれてありがとう」
「いえ、そんな」
お礼を言われるほどのことじゃって胸の前で両手を振っていると、ケイト先輩が興味深そうに尋ねてきた。
「なになに? なんの話?しろちゃんって、ディアソムニアにも友だちいるの?」
「ツノ太郎っていう、背の高い友だちが……本名は分からないんですけど……」
あたしがそういうと、ケイト先輩たちは微妙な表情を浮かべる。
「…………えーっと、それって……」
「ボクは1人しか思い当たらないけど……」
な、なにか……あたし、まずいことでも言ったのかな……?
あの、とあたしが声に出そうとすると、リリア先輩が慌てた声を出して、ケイト先輩をステージに急かす。時間をみると、もう12時になろうとしていて、あたしたちも急いで戻る必要があった。
「ふなっ! 遅刻したらヴィルに呪いのジュースを飲まされるんだゾ!」
「俺たちもエースにチケットをもらっているんだ。応援しにいくから、頑張れよ」
「うちの1年生たちに『無様を晒したら首をはねてしまうよ』と伝えておいてくれ」
「伝えておきます! それじゃあ先輩たち、また!」
ぱたぱたとグリムと一緒にステージに戻る。
ステージに戻ると、もうステージは完成していて、さっそくリハーサルが行われようとしていた。
トップバッターは開催地が行うことが慣例になってるらしくて、あたしたちのグループが最初だった。グリムがデュースたちに伝言を伝えると、まだ本番まで3時間もあるのに緊張しちゃったみたいで、若干エースが呆れてた。
「本番でミスをしないためにリハーサルがあるの。アタシたち以外が全員ジャガイモに見えるくらいのパフォーマンスを見せてやろうじゃない」
「「「「「「おう!」」」」」」
リハーサルに向けて、一致団結したその時だった。「ヴィーくん?」っていう、ヴィル先輩を呼ぶ声が聞こえた。
「え?」
「やっぱり、ヴィーくんだ!」
「ネージュ……!」
こ、これが……生ネージュ……!!
ネージュはにこやかにヴィル先輩に挨拶すると、ヴィル先輩に会えた喜びを伝えていて、なんだかその、すごく……純粋で眩しかった。
「さすがお茶の間の人気者。身振り手振りもしゃべり方も、あざとっ」
「うーん、しかし顔立ちは整っているが、シェーンハイト先輩と初めて会ったときほど、強烈なオーラは感じないというか……」
「確かに、あんまりギラギラ派手な感じはしねーな」
「彼の笑顔には、ヴィルとはまた違った野に咲く小さな花のような素朴な美を感じるね」
「フン、ああいう人畜無害そうな顔をしているヤツほど、裏ではとんでもない性悪だったりするんだ」
「そ、そうです……かね?」
「芸能人なんてそんなものだろ」
「それオメーが言うかぁ〜?」
ネージュはヴィル先輩のことが純粋に好きみたいで、最近あまり会えなくて寂しかっただとか、ヴィル先輩の歌が好きで、また聞けるのが嬉しいだとか、とにかくヴィル先輩を褒めちぎってた。
「僕たちが初共演したのも、学園もののミュージカルドラマだったよね」
「そうね。アンタが主役で、アタシはアンタをいじめる生徒の役だった。…………ハマり役だったわ。アンタも、アタシも」
そうやって話してると、スタッフからスタンバイするように声がかかる。ヴィル先輩は手短にネージュとの話を切り上げて、リハーサルに移った。
それからすぐにみんな定位置について、はじめてのステージでの演技がはじまった。
みんなの歌声がよくステージに通る。ダンスのキレも、練習の成果がすごく出てた! これなら……優勝だって夢じゃないはず……!!
「しろ、グリム! どうだった!? オレたちのパフォーマンス!」
「格好良かったです! メジャーデビューだって、夢じゃないくらい!」
そう思ってたのはあたしだけじゃなくて、みんなもそうだったみたい。のびのびと演技ができたことにみんなが明るい表情を浮かべる中、ヴィル先輩はさっそく舞台サイドから見えるパフォーマンスについて最終チェックを入れていた。
そこにTV局からヴィル先輩のインタビューのお願いが来て、さっきのリハーサルの映像を10秒ほどCMとして流すためのチェックが入る。すぐにそれはTV局のアカウントに共有された。
「うわ、今一瞬僕が映ったけど……なんか踊りがギクシャクしてる気がする」
「僕にも見せて! すごい……どんどん「いいね」がついて、拡散されていく」
「おおー! ヴィルのファンから「待ってました」ってたくさんコメントがついてるぜ!」
「というか、この動画、ほとんどヴィル先輩しか映ってないじゃないか」
「「かっこいい!」「すごい!」なにより「美しい!」みんなが『VDC』を楽しみにしている気持ちが伝わってくるね」
すごい……みんな、まるで芸能人みたい!
メジャーデビューも夢じゃないって学園長は言ってたけど……もしかして、みんなにもオファーがきたりとかしちゃうのかな!? なんて、考えすぎかな……!?
そんなことを思ってると、あたしたちの次はまさかのロイヤルソードアカデミーだった。相手がどんなパフォーマンスをするのか気になって、客席に座ってみんなで見ていると、その演技に度肝を抜かれた。
「みんな〜っ、出ておいで〜!」
「はーいっ!」
ネージュの呼びかけに応えて出てきたのは、少し前にナイトレイブンカレッジの生徒に絡まれていた、ドワーフ族のロイヤルソードアカデミーの生徒だった。
「会場のみなさん、はじめまして! 僕はロイヤルソードアカデミーのネージュ・リュバンシェですっ。さあ、みんな。ご挨拶は?」
ネージュの挨拶から、1人ずつ自己紹介をしていく。思わずほっこりしてしまうような、そんな温かさが彼らにはあった。
「みなさんに楽しんでもらいたくて、たくさん練習してきました。聞いてください。
『みんなでヤッホー』!」
明るい音楽と一緒に、ネージュの柔らかい声があたりを包む。気づいたら口ずさんでいそうな親しみやすさと、思わず応援したくなるような、そんな不思議な力が彼らにはあった。
「うおお、なんだこの曲! サビが頭ん中をぐるぐる回ってる……」
「この曲は、輝石の国の童謡のアレンジだね。夕焼けの草原出身の私も聞いたことがあるよ。きっと有名な曲なんだろう」
「なーんだ。誰でもできる簡単な振り付けじゃん。しかも全然揃ってねーし」
「あっ、1人転びそうになった! ……ネージュが助けたけど、他のヤツらもみんな危なっかしいんだゾ」
「正直、クオリティは大したことないな」
完成度としては、間違いなくみんなの方が上だとあたしも思う。エースが得意げな顔で「これじゃオレたちのライバルにもならねーっすね、ヴィル先輩!」って声をかけるけど、ヴィル先輩の顔はなんだかすごく険しかった。
「……………………やられた……ッ!」
「え?」
その言葉の意味は、続くネージュたちのインタビューで明らかになった。
口ずさみやすくて、踊りやすい。ドワーフ族のロイヤルソードアカデミーの生徒たちの不揃いな動きが、むしろ自由に踊っていいって背中を押してくれる。
あたりの空気が、ロイヤルソードアカデミーを推す雰囲気に変わっていくのが、あたしにも伝わってきた。
「み、みんなが……ネージュ・リュバンシェに釘付けになってる!」
「まさが、こった"愛らしさ"の表現があるんずなぁ……!」
「……………………ッ!」
ネージュ……本当に強力なライバルだ……!!
こんなパフォーマンスの仕方があるなんて……びっくりだよ。
どこか青ざめた顔で黙ってしまったヴィル先輩を心配するようにルーク先輩が名前を呼ぶ。
「…………ヴィル、ヴィル?」
「え……?」
「どうしたんだい、青い顔をして。具合でも?」
「いえ……大丈夫よ。なんでもない。……見る価値のないお遊戯だった。アタシ、先に控室に戻ってるわね」
そういってヴィル先輩が去っていくと同時、頭の中に何か映像が流れ込んでくる。
それは、ついこの間見た夢の映像だった。老婆に変化した女王が、真っ赤な毒林檎をみて、笑ってる……そんな、不気味な……夢……。
なんだか嫌な予感がする……。