7.双璧コンプリメント!
「なんだか嫌な予感がして……こうしなきゃいけない気がしたっていうか……」
「? あっ、ヴィルのヤツ控室の前に止まったんだゾ。誰の部屋だ?」
まさかって思う気持ちがあった。そうであってほしくないなって思った。
でも、控室の先から現れたのは……ネージュだった。
「あっ、ヴィーくん。どうしたの?」
「…………さっきはすぐリハが始まってあまり話せなかったから。もう少しだけ、アンタと話がしたくて」
「! うん、僕もそう思ってた」
ネージュの友だちはみんな揃って出て行ってるみたいで、ネージュは1人だった。ヴィル先輩がネージュたちのパフォーマンスを褒めると、ネージュは嬉しそうに笑って、ヴィル先輩の方を褒めた。そうして一区切りつくと、ヴィル先輩は「ねぇ、ネージュ。喉が乾かない?」と林檎ジュースをネージュにすすめた。
「美味しい林檎ジュースを差し入れにきたの。アタシの最近のお気に入りなんだけど……」
「あっ、それ! こないだマジカメにアップしてたやつだよね。飲んでみたかったんだ、嬉しい! ありがとう」
「さあ、どうぞ、召し上がれ」
「いただきます」
あ、あれは……! だめって割って入ろうとした瞬間、あたしより先に「ネージュくん!」って声と一緒にルーク先輩が現れて、スタッフがネージュを探しているといってネージュをここから離した。その時に、走ってきたから喉が渇いたって林檎ジュースも回収して。あたしはネージュが飲まなかったことにほっと胸を撫でおろした……のだけど、今度はルーク先輩がそれを飲もうとして「おわぁっ!?」って声が出た。
「ダメだ、ルーク!!!!!」
パリーン!!
飛び出してきたカリム先輩が、ルーク先輩が持っていたグラスを叩き割る。カリム先輩と、遅れてやってきたあたしたちの登場に、ルーク先輩たちは驚いてるみたいだった。
「アンタたち、どうして……」
床に落ちたジュースが、ジュワアア……と嫌な音を立てる。ボコボコ泡立って、毒々しい緑色に変化した。これ、かなりやばいやつじゃ!?
「……これ、ヴィルがユニーク魔法で"呪い"をかけたジュースだったんだろ?」
「にゃにっ!?」
「呪いの……林檎ジュース……」
夢の中と同じだ。
ネージュたちのリハーサルを見た後のヴィル先輩に、嫌な予感がしたのはあたしだけじゃなかったんだ……。ルーク先輩も、カリム先輩も、そのことに気づいてたんだ……。
「なあ、ヴィル。自分がどれだけ馬鹿な真似をしようとしたか、わかってんのか!? オレたち以外のチームが全員ジャガイモに見えるくらい、スゲーパフォーマンスで世界一になるんだって言ってたじゃんか! それなのに、なんで……」
「は……あはは……。そんなの…………アタシが一番聞きたいわよ…………」
ヴィル先輩……。
そう口にしたヴィル先輩の表情は、とても暗くて、辛そうで……そして、どこか……諦めにも似た表情を浮かべていた。
「でもね、アタシ。わかってしまったの。
"もう絶対に勝てない"ってことが!!!
だから、アタシ……アタシは、アタシは、ネージュをこの手で……!」ブクブクブク…………
ヴィル先輩の叫びに共鳴するみたいに、床にこぼれたジュースがまた動き出した。それはどんどん床に広がっていって、煙が充満する。息が苦しくて、ゲホゲホと咳き込んだ。
「しろくん、カリムくん、吸い込んではいけない! ヴィルのユニーク魔法は、
でも、ヴィルが呪いをかけたのはたった1杯の林檎ジュースのはず……。それがこんな風になるなんて……。
ルーク先輩は何かに気づいたみたいで、はっとした表情を浮かべると、ヴィル先輩に注目した。その視線にヴィル先輩は「お願い、見ないで…………」と怯えた表情を向ける。
誰よりも美しくありたかった、あろうとしたヴィル先輩。あたしたちの声はなにも届かないまま、自分の醜さを許せなかった先輩は……自分以外の人がみんな醜く歪んで溶けてしまえばいいって、変貌してしまった。
「ああ……ヴィル。なんて恐ろしく、哀しい姿なんだ……。それでもなお禍々しいほどに美しい。キミの姿から目を逸らしたくない……なのに、目が霞んで……」
「くそっ、身体の、力が入らないっ……っ!」
「頭がくらくら……するんだゾ…………」
「も、もう……ダメ……」
意識が、続かない……。もうすぐで意識が途切れる、その時だった。魔法の絨毯があたしたちの前に現れた!
びゅんびゅんと飛び回る絨毯の上、そこにジャミル先輩がいた。
「――まったく、こんなことだろうと思ったよ。
みんな、乗れ!」
「ジャミル!!」
ビュウッっと音を立てて、魔法の絨毯が外へとあたしたちを運んでくれる。息ができるようになって、あたしたちは思いっきり息を吸い込んだ。
あんなに晴れていたのに、今の空は激しく荒れていた。観客がいなくて、不思議に思っていると、あらかじめ危機を察知したジャミル先輩が、ネージュを客寄せパンダにして避難させたみたいだった。さ、さすがジャミル先輩……何もかも完璧に行き届いてる。
たすかったと思うのもつかの間、観客たちを避難させ終わったエースたちが戻ってくる。エースたちによると、濃霧がコロシアム全体を覆ってるみたいで、触ると火傷したみたいに熱くなって、とてもじゃないけど突っ切れなかったそう。ってことはたぶん、あたしたちは……ここに、閉じ込められたってこと!?
「一体、なにがおごっちゃんだ?」
「
「「「ええっ!?」」」
説明してる暇なんてなかった。すぐにガラガラと扉を開けて、激しい雷と共にヴィル先輩が姿を現す。
「逃がさないわ……アタシの醜い姿を見た者は、誰一人生かしておくもんですか!
アーッハッハッハッハ!!」
ただでさえ強いヴィル先輩がオーバーブロットしちゃうなんて……。今は総合文化祭中で、ナイトレイブンカレッジだけじゃなくて、いろんなところからすごい魔法士も来てるはず……。あたしたちというか、みんなが救援が来るまで持ちこたえられたら、なんとかなるかもしれない。
それに、長引いてヴィル先輩の魔力が尽きたら、ヴィル先輩の命が危ない……。みんな、真剣な顔でマジカルペンをかまえていた。
「今日は……今日こそは、絶対に負けられない!」
「ヴィル……その痛みの檻から、今キミを解き放とう」
禍々しい緑色の毒液が焼けるような音を立ててあたりに散らばる。あたしはみんなの邪魔にならないように物陰に隠れながら、みんなを応援した。
みんなそれぞれの得意な魔法で連携しながら戦うけれど、相手はあのヴィル先輩。そう簡単にはいかなかった。
「あぁ……おせっかいなジャガイモども! こうなったら……お前たちもろとも道連れにしてやる……!」
ジュワアアア……!
「ヴィル、もうやめろ! このままじゃ、お前の命が……!」
「くっ! あと少しでブロットの化身を破壊できそうなのに」
みんな、もう満身創痍だった。魔力は尽きかけ、グリムだってもう一吹きだって炎は出せそうになかったし、毒霧の届かないとこまで歩くのだって無理そうだった。
どうしたらいいの、なにか、なにか……手は……!!
そう思ったとき、デュースが立ち上がった。
「――お前ら、伏せろ!」
突然のデュースの命令にみんな呆気にとられる。エペルは何かを察したみたいで、みんなにデュースの指示に従うように声を出した。驚きつつもその指示に従うと……デュースの纏う魔力がどんどん膨れ上がっていった。
「は!? えっ、まさか……」
「なん……ですって……どこに、そんな魔力を、残して……!」
「これは、俺の魔力じゃない……シェーンハイト先輩、アンタが俺に叩き込んだ魔力だ! そしてこれが、今の俺にしかない、"パワー"!! 落とし前をつけてもらう! 歯ァ食いしばれ!
「しっぺ返し 」!!!!」
その瞬間、デュースの逆襲がヴィル先輩に炸裂する!!
ブロットの化身が破壊されて、ヴィル先輩が元の姿に戻った。気を失ったヴィル先輩がなかなか目を覚まさなくて、デュースが「まさか……打ち所が悪かったのか!?」って心配する声を上げた時だった。わずかに動いたヴィル先輩の睫毛を見逃さなかったルーク先輩が、呼びかけるように声をかける。
「ヴィル……ああ、美しきひと。どうか目覚めておくれ……」
「…………う…………アタシ、どうして…………?」
「ヴィル! よかった。瞳にいつもの輝きが戻ったね」
「ほんとによかった……グスッ、ううっ、ヴィル〜。心配させやがって……」
「なんでお前が泣いてるんだ、カリム」
「よかった、打ち所が悪かったらどうしようかと……」
みんながよかったとヴィル先輩の無事を喜んでいると、ヴィル先輩は極まりが悪そうな顔をして、随分落ち込んでるみたいだった。
「…………とんでもない醜態を、晒してしまったようね。癇癪を起して他人に当たり散らすなんて、最低だわ。この世で一番、美しくない行為……」
「そうですね。癇癪を起していいのは3歳児までじゃなかったですっけ?」
「ははは……」
ここでそれを言っちゃうあたり、エペルってば本当にいい性格してるなぁ。
ヴィル先輩は責任を感じて、リーダーを辞退する気だったみたいだけど、ここにいる誰もヴィル先輩にリーダーをやめてほしいなんて思ってなかった。ここまで引っ張ってきてくれたのはやっぱりヴィル先輩だもんね。あたしも最後まで、このままの形のみんなのパフォーマンスがみたいな。
でも、この崩壊したステージだけはどういいわけするか、そこが心配だった。レッスンに熱が入りすぎたとか、そんないいわけじゃさすがに苦しいよねって思ってたら、そこに意外な人物が現れた。
「おやおや……これはどうしたことだ?」
「「「!!!!」」」
「アンタは……」「少し早く着いてみれば、ステージが滅茶苦茶じゃないか」
「あっ、ツノ太郎! こんな早くに来てたの!? まだ開場時間まで2時間もあるよ!?」
あたしが驚いてそういえば、みんなはなぜかあたし以上に驚いてるみたいだった。
「「「「「「「ツノ太郎!!!!????」」」」」」」
えっ!? な、なに!? あたしなんか変なこと言った!?
「お〜! オマエがオンボロ寮の庭を夜中に徘徊してるっていう、ツノ太郎か。しろから話は聞いてたけど、本当に頭にツノが生えてんだな! にゃっはっは……ふがっ!」
「こら、グリム! お、お、お前っ! 先輩になんて口の利き方してんだ!」
「しろ! あのヒトをツノ太郎呼ばわりするなんて、命知らずにも程があんでしょ!」
「え、ええっ?」
「おめぇ、あの人が誰だか知らねえのか!?」
だ、誰ってそんな……。名前教えてくれなかったし……好きによべって言われたし……って感じのことをごにょごにょ話すと、ものすごくため息をつかれた。な、なんで……。ツノ太郎って、実はそんなにすごい人なの……?
「
「招待されたんだ。オンボロ寮に住むヒトの子に。……招待状もちゃんとあるぞ?」
「いや、そういうことではなく……」
そ、そうだ。外はたしか、毒霧が蔓延してて、それは今も会場を覆ってるはず。ツノ太郎はどうやって入ってきたんだろう? って思っていると、普通に力業だった……。
え、でも……オーバーブロットしたヴィル先輩の呪いでも、呪えないツノ太郎って、いったい……。
「フン、しろの世間知らずをいいことに随分と戯れていたようね。茨の魔女の高尚な精神に基づく、ディアソムニアの寮長……マレウス・ドラコニア!」
「へ……マレウス……ドラコニアぁ!!?」
う、うそでしょ……ツノ太郎が噂のマレウス・ドラコニアだったなんて!! なんでもっと早くいってくれなかったの!? って、そういえばホリデーカードにあっM・Dってそういうこと!?
「…………いかにも。僕は茨の谷の次期当主。マレウス・ドラコニア」
「ふな……エースたちがマジフト大会でめちゃ強だったって話してたヤツが、このツノ太郎だったってことか!?」
「言っただろう? 僕の名前を知れば、背筋に霜が降りる心地がするだろうとな」
たしかに心臓に悪いけどさぁああ!
こんなドッキリはきいてないよ〜!! あた、あたし、思いっきりツノ太郎ってなれなれしく接しちゃったし! ってなに? あたしはその茨の国の次期当主とかいうすごい人に、ごくごく庶民的なお味噌汁とだし巻き卵を出してたってこと!? ひぃ〜! 穴があったら入りたい!
あたしがぐるぐる目を回してると、ツノ太郎……もとい、マレウスは、この惨状の説明を求めた。それに実は……って事情を説明すると、ツノ太郎は怪訝な表情をして、オーバーブロットの魔力反応を感じなかったことを話してくれた。コロシアムにはもともと強力な結界が張ってあるとかで、影響が出にくかったみたい……。ヴィル先輩をみんなが止められなかったと思うと、ぞっとした。
「……………………ふむ。まあ、いいだろう。貸しひとつだ。シェーンハイト」
「え?」
その瞬間、ゴォオっとすごい魔力の反応が生じる。ツノ太郎はどこか得意げな表情で笑っていた。
「くくっ、ヒトの子らよ……お前たちに贈り物を授けよう」
「マレウス、なにをしようっていうの!?」
「この程度、解けた織物を織り直すより容易い。さあ、あるべき場所へ、あるべき姿へ戻れ!」
ものすごい光に目を開けていられなくて、ぐっと目を瞑る。光が収まって目を開ければ、ステージが綺麗に元に戻っている上に、みんなの衣装も綺麗に修復されていた。
「わぁああ! すごい! すごいよ!」
「フフ。舞台が元通りになれば、お前たちの余興が見られるのだろう? 僕はただ、それに興味があっただけだ」
「ありがとう、ツノ太郎!」
あたしがそうお礼を言ったら、ツノ太郎はおかしそうに笑い声を上げた。
「ふ、ははっ! お前、僕の正体を知ってもそのあだ名を貫くつもりか」
「あ、だ、ダメだった?」
「いや、かまわない」
よかったとほっと息をつくと、ツノ太郎は最後にヴィル先輩に最高のパフォーマンスをするように念押しして、満足そうに去っていった。
舞台はこれで元通りだし、あとは、最高のパフォーマンスをするだけだ。
「『ボーカル&ダンスチャンピオンシップ』――絶対優勝するわよ!」
「「「「「「おー!!」」」」」」
さぁ! いよいよ舞台の幕開けだ……!!