君へ贈る愛は

「クローバー、頼みがある」

錬金術の授業を終えた帰り、今日は寮に帰ったら
タルトでも焼こうかと考えながら廊下を歩いていると、普段あまり耳馴染みのない声に呼び止められた。振り返ると視界に入るのは長身の男。ディアソムニア寮のマレウス・ドラコニアが何やら真剣な表情でこちらを見つめている。
「おお、どうしたんだ?」
フランクな調子を装って答えながら内心では冷や汗が噴き出す。エーデュースがディアソムニアに対して迷惑をかけたのか?それともケイト、いやもしかすると俺かもしれない。そんなことを考えていると彼はこちらに歩み寄り、電子端末の画面を表示した。

「お菓子作りが得意だとリリアに聞いた。良ければこれを作るのを手伝って欲しい」

視界に飛び込んだものに俺はついに自分の目がおかしくなったのではないかと疑う。画面に映っているのは紛れもなくハート型の砂糖菓子で彩られた可愛らしいホールケーキで、到底目の前の大男が好き好んで食べそうなものとは言えない。しかも以前ケイトが言っていたがマレウスはホールケーキが苦手なはずだ。それなのに何故こんなものを作りたいと言っているのだろう。理由を聞くべきか迷い、やっぱり命が惜しいと曖味な笑みを浮かべた。

「いつでも教えるから時間ある時に呼んでくれ」
「それなら今からでも構わないか」

タルトはお預けになりそうだった。






「ええっ、トレイ先輩とマレウスが調理室に鍵かけてこもってる?」

エーデュースからその話を聞いたあたしは驚いて手に持っていたココアをグリムにぶっかけそうになった。そんな組み合わせ、今まで一度も聞いたことがない。トレイ先輩とマレウスは確かに同じ学年ではあるけれど、接点が何もないからだ。出身国も好きな食べ物も、それから仲のいい友人にもほとんど二人に共通点はない。

「マレウス先輩、な??監督生なんか知らねーの」
「あたしは何も聞いてないけど…これってトレイ先輩の危機?」
「俺らの副寮長を監禁して何するつもりなんだあの人は…」
「だからマレウス先輩、な??!お前ら揃って殺されたいのかよ」
「と、とにかく調理室に行こう!ほら早く!」

マレウスは優しいけれどときどきぶっ飛んだことをするからトレイ先輩相手に何かしようとしてるのかもしれない。もしそうならあたしが止めなくちゃ。だってあたしはマレウスの友人なんだもの。
緊急事態だからとこっそりエースの箒を三人乗りしてひとっとび、あたしたち三人はあっというまに調理室に到着した。確かに調理室の扉は鍵がかかっている。しかもエースが見たところ魔法での保護もしているみたいで一年生の技量じゃとても開けることが出来ないらしかった。

「マレウス、中にいるなら返事して?」

外から声を掛けても返事がない。デュースが大釜を降らせてみたけれど弾き飛ばされてこれも効果がなかった。 

「マジでどーすんの、トレイ先輩生きてんのかな」
「おいエース、不謹慎なこと言うんじゃねーよ」

思いついた案を片っ端から試すこと数時間、夜も深くなってきてリドル先輩に怒られるからそろそろ帰ろうかと思った頃、突然扉が内側から開いた。

「エースにデュース、監督生までいるじゃないか。
どうしたんだ?」

傷ゼロ、穏やかな表情のトレイ先輩にあたしの後ろにいたエーデュースが崩れ落ちる。あたしも全身から力が抜けるのを感じながらお母さんが昔着ていたみたいなトレイ先輩のエプロンを引っ張った。

「トレイ先輩、死んだかと思った…」
「僕がクローバーに危害を加えると思ったのか?
僕は無駄な争いはしない。安心しろ、人の子よ」

いつもより三倍くらい早口でぺらぺら喋るとマレ
ウスはその場を後にしようとあたしたちに背を向けた。とっさに腕を掴むと、復活したらしいデュースが後ろから言葉を投げかける。

「ちょっと待ってください!先輩たちはこんな遅くまで中で何してたんスか!」
「それをスペードに言う必要はない」
「あたしも知りたいんだけど…」

ぐ、とマレウスが言葉に詰まる。そのままじいっと見つめていると彼は観念したように口を開いた。

「誕生日になればわかる」

一国の王子が時間と労力を惜しまずに作り上げたものが自分への愛の結晶であることを、橘花皙はまだ知らない。