ヒロイン育成計画


 腐れ縁、なんて幼馴染のよしみでマネージャーなんてやらされて、いつもいつもてんてこ舞い。どっひぇ〜! って何度言ったか分からない、今日この頃。カメラの前でキラキラしてるエースとデュースはそれは誇らしいけど、あまりに場違いすぎる世界で気おくればかり。
 きっとあのドラマのヒロインなら、こんな気持ちになったりしないんだろうなぁなんて。何だったら、一緒にデビューだってできたかもね。あたしだってお姫様に、なんて、芋女じゃ無理か〜! ってすぐ撃沈。

「あ、遅ぇぞマネージャー。オレのコーラは?」
「ごめんごめん、ちょっと人が多くて……ちゃんと買ってきたよ。デュースはスポドリでよかったんだよね?」
「ああ、悪いな。マネージャー」

 サンキュ、って受け取ったそばからキャップを開けて飲み始める二人は、さすがアイドルってだけあって華がある。こんなの、幼馴染ってだけでも妬まれてきたのに、マネージャーまでしてるなんてバレちゃったらあたしの明日はないに決まってるよね。とほほ。自慢の幼馴染だけど、こんなところは気が重い。
 あ〜、いつかあたしもヒロインに! なんて息巻いていた時期もあったっけ。諦めたわけじゃない、けど、そんなに積極的でもないかなぁ。いつか、いつか、って何か変わるきっかけがほしいのかも。

「そういやこれ……お前にやるよ」
「え? なに? ……リップ?」
「グロスかルージュっていえよそこは」
「おしゃれな響きだね……」

 撮影でもらったって、キラキラしたパッケージ。宝石みたいに綺麗でちょっとドキドキする。「あたしに似合うかなぁ?」って苦笑したら、「似合うようになればいいんじゃね」なんて簡単に言うんだから。ダイアモンドの君たちと芋女のあたしを一緒に考えないでよね、って思うけど、なんとなくでもくれたのが嬉しくて。ちょっとだけ、頑張ってみようかなってきっかけが生まれる。
 せっかくだから、服も髪も全部かわいくしたいな。どれくらいやれるかはわかんないけど。いつか王子様と出会っちゃったりなんてして、って、調子に乗っちゃうくらいにはたぶん浮かれてる。
 って、そんなことを思ってたからなのか、突然の出会いに大パニック! これが運命の出会いってやつ!? って浮かれる余裕なんてないくらい、心臓がうるさくて今にも口から飛び出そうだった。

「大丈夫か?」
「は、はぃ……」

 例のごとくエースとデュースにパシ……おつかいを頼まれて、急いで歩道橋を下っていたところ、階段から足を踏み外して一直線に落ちるところだったあたしを間一髪で助けてくれたその人は、全身真っ黒で、背が高くて、ライムグリーンの鋭い目元が特徴的な、ものすごい美形だった。王子様、っていうより、魔王様、とかそっち系の役が似合いそうな彼からは、まるで雨上がりの森のような、どこか甘さを帯びた匂いがした。

「気をつけろ。階段は危ないぞ」
「う……は、い。気を付けます……」

 何かお礼をって言うあたしにかまわないと言ってその人は去ってしまった。未だに胸がドキドキするのは、命の危険を感じたからなのか、あの人がものすごい美形だったからなのか、それとも別の何かがあるのか、まだわからなかった。
 せめて名前だけでも聞けばよかったと思うのも後の祭り。って、聞けるわけなんてないでしょー! そんなナンパみたいなこと! ってどっちにしろ無理だっただろうけど。
 ついでにおつかいのものをきれいさっぱり忘れちゃって、怒られちゃったりでツイてるのかツイてないのか、その日は微妙な一日だった。

「お前なんか最近変じゃねぇ?」
「え!? ど、どこが!?」
「なんつーか……全体的に?」
「全体的に……」

 それってどういうことって思うけど、心当たりがないわけでもなくて、う゛ーんと唸る。あれからずっとあの人のことが気になるというか、思い出すっていうか、ついには夢に出てきちゃったりで……うん、しっかり気になってます。はい……。
 りたなんかには「それってずばり恋でしょ!」なんて言われちゃったりなんかして、ぐはぁっって衝撃が走ったのもつい最近の話。エースとデュースにまでバレるなんて! って思うけど、家にいるグリムにもじとっとした目を向けられてるし、もしかしたらグリムだって気づいてるかもしれない……そんなにあたしってわかりやすいのかなぁ? とほほ。
 何でもないよってその場は誤魔化して、あくせくと今日も働く。人気アイドルのマネージャーは大変だ。

「おや。また会えたな」
「えっ!? ここここ、この間の……!!」

 と思ってたらまさかの再会。覚えててくれたんだ、とか、相変わらず綺麗な人だなとか、色んな気持ちがあふれてきて、胸がいっぱいになる。やっぱり恋だ。りた、グリム……エース、デュース。どうしよう。あたし、恋に落ちちゃった。
 助けてもらって、そのあとにまた再会って、少女漫画じゃあるまいし。でもきっと、これが少女漫画だったなら、きっと両想いなんだろうな。ベタな展開だけど、そういうのが逆にいいんだし。あたしはモブ女だけど、モブ女とくっつく展開なんてあったりしたらいいなって。
 この人のヒロインになりたいな、って。そう思ったら、少しだけ勇気がわいてきた。

「あのっ、あなたの名前って……!」

 ふり絞った勇気。その結果名前を知れた。マレウス・ドラコニアって、名前からしてなんかすごい。あたしは平々凡々なただの橘花皙だけど。「いい名前だな」って言ってくれたあの顔が頭から離れない。
 どうか、どうか。この物語がシェイクスピアみたいな悲劇じゃなくて、きらきらした少女漫画みたいな、シンデレラストーリーだったらいいな。
 なんて浮かれてると物陰から気配。ぎぎぎって振り返ると、そこにはによによした幼馴染の姿が。どうしよう、バレちゃった。前途多難なあたしの恋。

「今のままじゃダメだな。百振られる」
「ひゃ、ひゃく!?」
「うん」

 デュースまで真面目に頷かないでよって思うけど、そんなに望み薄なの?! どうすればいいのー!? って、意外にも協力的な幼馴染。りたの力を借りて、グリムに癒されて。日々厳しくああでもないこうでもないって指導してくるエースとデュースだけど、これ本当にあってる!?
 二人もなんか違うと思ったのか――気づくのが遅いよ――助っ人を呼んでくれた。まさかのトップモデルヴィル様! 二人の伝手ってどうなってるの!? ってあまりの生のヴィル様の美しさにあたしの口からは「どっひぇ〜!!」って声しか出ない。その瞬間出されるレッドカード。ヴィル様の指導はそれはもう厳しかった。
 それでも途中で投げ出さなかったのは、マレウスを振り向かせたい気持ちと、ここまで手伝ってくれたエースやデュース、りたに癒しをくれたグリムの支えがあったから。気持ちなら負けない。むしろそれしかないし!? って雑草パワーの底力を見せるとき!
 その思いが届いたのか、いよいよヴィル様からの合格通知にあたしは滝のように涙を流した。

「ヒロインになりたいって、あなた言ってたわよね?」
「は、はい!」
「それなら一つ教えてあげる。ヒロインになりたいと思ったその瞬間から、あなたはすでに誰かのヒロインなのよ」
「ヴィ、ヴィル様〜!!」

 なりますあたし、必ずヒロインに。マレウスのヒロインに。きっと。「さぁいってらっしゃい」ってヴィル様が背中を押す。一緒に見ててくれたみんながそれぞれ激励の言葉を送ってくれた。
 綺麗な子しかヒロインになれないと思ってた。選ばれた女の子だけがその資格をもってるんだって。でも違ったんだね。芋女のあたしだってお姫様になれちゃったりして、誰もが誰かのヒロインで、自分だけの王子様を探してる。
 みんなのおかげで自信ついたよ。当たって砕けたらバカにして笑ってよ。そしたらきっとまた頑張れるから。ね、お願い。

「行ってきます!」

 告白の準備は万端。ヒロインになれ。待ってて、あたしの王子様。

「マレウス! あたし、マレウスのこと――」

 ヒロインになるまで、あと――。