【スクルドの時計は動かない】





まさか迅さんに戦神の鎖を向ける日が来るとは思ってもなかった。と、頭は意外に冷静だ。

「名前、悪いけどおれ急いでるんだ」
「ええ、同じくです」
「邪魔しないで貰いたいんだけど」
「それは無理な話です」

金色の瞳で迅さんを見つめる。
戦神の鎖はトリオンを介して相手の意識の中、更には深層心理にまで入り込める。記憶操作とか任されるのはこれのせい。だから、この人が何を考え、何を思い戦ってきたかなんて、手に取るようにわかる。

「此処に来る前、空閑と戦ってきました。空閑の黒トリガーの話も聞いた。親父さんの形見で、命を繋いでる大事な物だって。迅さんが何をしようとしてるかなんてお見通しです。だからこそ、私は貴方を倒します」
「知ってるなら尚更止められる訳にはいかないんだよな」
「だったら構えて下さい。安心して下さい、風刃と戦神の鎖の相性は悪過ぎるので勝敗はすぐつきますよ」

じゃらりと鎖が音を立てる。目標対象は、迅さんだ。

□■□

「失礼します」

会議室のドアを何時も通りくぐる迅さんのメンタルが恐ろしい。二人で会議室に入れば視線は一気に此方に向けられる。私はチラリと支部長の方に目をやる。

「亜里阿隊苗字名前、只今任務を終え戻りました」
「任務だと…!迅と二人で、」
「まぁまぁまぁ鬼怒田さん落ち着いて。で、名前報告は?」

鬼怒田さんは怒ってるし城戸さんは怖いしで、私は思わず溜息を零した。支部長は今の状況を絶対楽しんでる。そりゃそうだ。自分が思い描いた通りの結果になってるんだもん。喧嘩は賢く派手に。そう思ったらまた溜息。

「草間支部長の命により隊務規定違反の取締と玉狛の黒トリガー──風刃をお持ちしました」
「なんだと?」
「私は玉狛の黒トリガーとしか言われてないですし、ねぇ支部長?」
「そうか……ご苦労様、よくやった」

城戸さんの空気が余計鋭くなったのがわかる。めんどくさくなって助けを求めるように支部長に振ればニヤリと笑ってそう言った。これで任務達成。私の役目は終わり。迅さんに目配せすれば、次は迅さんの番だ。

□■□

上機嫌でぼんち揚げを貪る迅さんの隣を歩く。今更何を話すべきか考えあぐねていると、前方に二つの人影。蒼也さんと太刀川さんだ。迅さんは呑気に二人を誘い、結局ラウンジで話始めてるというのが今の状況。さっきまで戦り合ってた相手とこういう形で一緒になるのは正直気が重い。

「いまいち理解出来ないな。そんな理由で争奪戦であれだけ執着した黒トリガーを……あれはお前の師匠の形見だろう?」
「形見を手放したぐらいで最上さんは怒んないよ」

蒼也さんの言葉に心臓がドキリとした。迅さんは笑ってる。A級になったからランク戦も復帰出来る、なんて、そんな。

「そういや名前、黒トリガーで迅と戦り合ったんだろ?」
「え、あ、まぁ……」
「どっちが勝ったんだ?」
「太刀川さん野暮なこと聞かないでよ」

迅さんが笑って誤魔化したその話をただ聞いてるだけしか出来なかった。


「何でとどめを刺さないんだ?」
「黒トリガーは緊急脱出付いてないから此処で戦闘体破壊したらどうやって本部まで行くんですか。抱えていくなんて御免です」
「はぁ……おれには名前が考えてる事よくわかんないなぁ」
「それは普段迅さんが周りに思われてる事ですよ」
「ちゃんと答えてよ。名前は何がしたいの?」
「本部に風刃差し出して空閑を入隊させる気なんだろうけど、そんなの許さない。だから私が迅さんから風刃を奪います。迅さんの意志じゃない。私が此処で貴方を倒してそうさせた」


□■□

「迅さん、怒ってますか」
「何を?」
「私が迅さんにしたこと」
「怒ってないよ、怒る訳がない」

俯く私の頭をくしゃりと撫でる。二人きりのこの静かな空気が、酷く重たく感じる。迅さんは優しい。こんな時すら、優しいのだ。

「怒って下さいよ……私は貴方から大切な人を奪った!迅さんにとっての最上さんがどれだけ大切な人か知ってる!それでも…空閑の命と師匠の形見を天秤に掛けた…もっと良い方があったはずなのに……もう戻れない…怒って下さいよ…恨んで下さいよ……」

ぽつり。ぽつり。
零れた滴が地面に落ち染みを作っていく。
止まれ。止まれ。止まれ。私に泣く資格なんて、ない。
涙なんてとうの昔に枯れたはずなのに。

もう戻れないのだ。
風刃は手放され、空閑の入隊は約束された。全ては、迅さんの未来通り。もう後戻り出来ない。

「名前、おれの代わりに泣いてくれてありがとう。大丈夫だ、未来はもう動き出してる」

赤子をあやすように優しい手付きで撫でられながら、私は赤子のように涙を流した。



何時だって貴方の未来は残酷だ
(私はただ泣くことしか出来ない)


14 優し過ぎたのかも知れない

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