【スクルドの時計は動かない】





入隊式を数日後に控えたある日、久々にお会いした忍田さんから少し話さないかと本部長室に呼ばれた。沢村さんはいらっしゃらないようで忍田さんと二人きり。でも、緊張はしない。

「草間さんから話は聞いている。元気にやってるようだな」
「うわぁ…支部長余計な事話してそうで嫌だな…」
「学校にもちゃんと行ってるみたいだな」
「忍田さんが怒るから」
「当然だ。ボーダーの活動で学業を疎かにしてはお前の両親に示しが付かんだろう」
「そう、ですね…」

忍田さんにとってうちの両親は先輩に当たる。私も物心付いた時にはボーダーという環境にいたから、特に忍田さんには昔からお世話になってた。両親が死んだ後、身寄りのない私を面倒見てくれたのが支部長と忍田さんだ。

私にとって忍田さんはもう一人の父親みたいな存在。

「名前が以前より本部に顔を出すようになったといろんな者から聞いてな。慶も喜んでたぞ」
「うっ…太刀川さんには出来ればお会いしたくないです」
「慶は苦手か?」
「太刀川さんは…やたらランク戦しろって言ってくるから…ちょっと苦手です。後、黒トリガーのこと知られてから風間隊がグイグイくるからそれも嫌だ」
「そういうところは相変わらず素直だな」

可笑しそうに笑う忍田さんは、何時もの気を張っている時とは違う優しい表情だ。

「慶と仲良くやってるみたいで良かった」
「今の会話でどうやってそうなったんですか。忍田さん、太刀川さんに弟子補正かけてません?ほんとにめんどくさいんですからあの人」
「今までこうして話していても他の隊員の名前が出たことなんて一度もなかっただろう」
「っ…そうでしたっけ…」
「名前も弟子を作ったらどうだ?後輩達の指導をしていると聞いたが」
「指導はまぁ…してなくもないですけど。弟子とか、私はそんな柄じゃないですよ」

この二本の腕じゃ抱えきれないくらい、自分で手一杯なんだ。
大きく手を伸ばして、零れていってしまうものが怖い。離れていってしまうものが怖い。届かなくなるのが怖い。

失うのが──怖い。 

だったら何も望まない方が良い。
失う怖さを知ってしまったから、私は手を伸ばす事を諦めた。

忍田さんは何も言わず、何処か寂しげな表情で私の頭を撫でる。

「無理にとは言わないさ。ただ、お前は自分で思っている以上に慕われている事を知っておいて欲しい」
「忍田さんも?」
「勿論だ。名前は私の娘みたいな者だしな。お前には幸せになって貰わなくては困る」
「ふふ、何ですかそれ?じゃあ彼氏が出来たら報告しないとですかね。あ、でも私より強い者でないと認めんとか言われそうだな」
「そうだな。名前の事を守れるくらいでなくては認められないな」

忍田さんの大きな掌から伝わる熱が心地良い。本当の父親みたいだなって思わず笑っちゃったけど、なんかこういう会話が凄く暖かい。ていうか冷静に考えて忍田さんより強い人とかボーダー内どころか人類にはまず居ないんじゃないか。だってノーマルトリガー最強の男だし。あ、これ本気だったら私ヤバいかも。



お嫁に行けないかも知れない
(忍田さんの発言が本気で無いことを祈ろう)


19 親の心子知らずとは良く言ったものだ

ALICE+