【スクルドの時計は動かない】





『何ですぐ出ねえんだよ。エマージェンシーの意味ねえだろ』
「こっちだって忙しいんだけど」
『何かあったらすぐ連絡しろって言ったのそっちだろうが』

通信機越しの凍矢の声は呆れた様子だ。大体緊急事態ならもっと緊迫した空気を出せ。要件聞いてさっさと切ろう。口を開こうとして、嵐山さんに通信が入る。

「大変だ、君達のチームメイトが……!」

『だから言っただろうがエマージェンシーだって』
「玉狛絡みなら先に言え……!」

今度はこっちが呆れて溜息が出た。

□■□

三雲達と狙撃手組の訓練室にやってきた時には大きな大きな穴が壁に開いていた。後、佐鳥が泣いてて鬼怒田さんがロリコン姿を晒してた。何だこの地獄絵図。

「遅えよ」
「何で壁穴開いてんの?」
「あのちっこいのがアイビスでぶち抜いた。ちなみに俺は佐鳥を一回止めたからな」
「うわぁ…ていうか、ちゃんと止めろよ」

雨取のトリオン量もそうだけど、こうなるってわかってたんならちゃんと止めろよ。凍矢の頭を一発小突いてやったら俺のせいじゃねぇって睨まれた。

「名前来てたのか」
「東さん!お久しぶりです。すみません、こいつ役に立たなくて」
「いやいや、涼峰は良くやってくれてるぞ。玉狛の彼女、トリオン性能の報告が上がってないからこうなるように迅や林藤さんが仕組んだんだろう」

東さんの言葉に思わず顔が引きつった。迅さん達ならやりかねない。林藤さんはうちの支部長に負けず劣らずそういう派手な事が好きだ。考えただけで頭が痛い。頭が痛くなった所に鬼怒田さんの声が聞こえた。嗚呼、これも嫌な予感。

「名前お前がいるなら話は早い。瀬尾を呼んでくるから壁の修復を手伝え」
「ああ…いや、瀬尾ちゃん今研究室ですよね?絶対機嫌悪いだろうから呼ばなくて良いです」
「そうそう、これくらい名前一人で余裕っすよ」
「おいこら涼峰ふざけんなテメェも手伝え。東さんちょっと操作盤弄りますねー」

手伝わない、という選択肢は恐らく存在しないと早々に諦めた。相変わらずうだうだと言っている凍矢に一言「隊長命令」と付け足せば、彼は大人しく従う事を私は知っている。

「あの…私のトリオン…良かったら使ってください。壁壊しちゃったの私だから…」

凍矢を連れて行こうとした所で雨取が声をかけてきた。その声は罪悪感に満ち満ちていて怯えにも取れた。はて、どうしたものか。ちらりと凍矢の方を見ればその視線はバッチリと重なった。

「ああ…まぁ…俺達、壁とかしょっちゅう壊してるし、そんな気にすんな。それに、うちの隊長そんなヤワじゃねえから心配いらねえよ」
「という訳だから後は私達に任せなさい」

壁の修復は少々骨が折れる仕事だが、このまま放っておいては狙撃手組の訓練が進行出来なくなる。それは流石に可哀相だし、雨取が居たたまれなくなってしまう。珍しく気を利かせた凍矢の背中を叩いてやったらなんだよって少しだけ照れくさそうな声が返ってきた。

操作盤に端末を接続。端末のコードを右腕の輪に取り付ける。トリオン接続を知らせる音声ガイダンスが流れ、壁の修復が行われていく。あれだけの大穴塞ぐのにどんだけのトリオンが必要なのかわかんないし、やっぱ瀬尾ちゃん呼んどけば良かったと少しだけ後悔した。

『名前聞こえる?』
「あれ?瀬尾ちゃん?もしかしてテレパシー届いた」
『名前のテレパシーは届いてないけど、凍矢からのエマージェンシーコールなら届いた』
「お前緊急通信なんだと思ってんだよ」
「どう見たって緊急だろ」
『壁の穴修復するの流石に名前のトリオンだけじゃ足りないからこっちから直すよ』
「流石瀬尾ちゃん助かるわー」

瀬尾ちゃんのサポートが入り、あっという間に狙撃手組の訓練室の壁は修復された。後、意外と不機嫌じゃなかったしこんな早く終わるなら最初から瀬尾ちゃんにお願いするべきだった。狙撃手組の訓練が再開されるようなので、何時までも此処に居ては邪魔になると判断し、立ち去ろうと足を前に出した時、

「ありゃ…?」

ふらり。一瞬、身体に力が入らなくて視界が揺らぐ。凍矢が私を呼ぶ声が聞こえた気がする。嗚呼これは倒れるな、と覚悟していた身体は誰かの手によって支えられた。

「危ねぇな!大丈夫かよ?」
「荒船先輩。すみませんちょっと疲れただけです。有り難う御座います」
「無理すんなよ。何も用ねぇなら見学がてら休んでろ」
「それはつまり、荒船先輩の指導っぷりを見てて良いって事ですか?」
「俺じゃなくて訓練生見てろ」

荒船先輩の思わぬ言葉に眼をぱちくりさせて。いろいろ予想外だし、言った先輩は心無しか照れてるし。私達のやり取りを近くで聞いていた東さんもにこりと微笑んでくれたので、私は大人しく狙撃手組の見学をさせて貰う事にした。

「荒船先輩、私以外に狙撃手の弟子とか取らないで下さいね。嫉妬しちゃう」
「取らねぇよばーか」

返ってきた言葉がまた予想外で何故か今度はこっちが照れてしまった。



いろんな意味で緊急事態
(普段突き放すくせにあんな事言われたらドキドキしない訳がない)


22 最早事件しか起きない

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