【スクルドの時計は動かない】





僕にとってボーダーってのは親への反発心の行き場でしかなかった。それが何時のまにか守りたい人が出来て、今はその人の隣に居たいから戦ってる。

僕の不甲斐なさが生んだ遠征時の事故。全治三ヶ月の大怪我プラス無期限の謹慎処分。怪我の治療とリハビリと、後は家庭のゴタゴタを全部片付けてくるまで戻さない。突きつけられたら言葉は厳しくもその中身は温かい。だけど、戦えない、守れないということがどれだけ辛いかを散々味わった。

退院してまだ日が浅いそんな日。あの、大規模侵攻が起きた。退院後一発目がまさかこんなに大きな戦いだとは思ってなかった。まだ謹慎中の身ではあったけど、そんな事言ってられなかった。しばらくぶりのトリオン体、しばらくぶりの銃の感触、重さ、しばらくぶりの高揚と緊張。身体に駆け巡る感覚は鈍っていなくて安心した。瀬尾くんと通信でやり取りして一番近い基地東部の救援に行く。此方側はどうやら太刀川くんが救援に来ていたようで綺麗さっぱり壊滅させるのに苦労はしなかった。

戦いが終息し、そろそろ隊に戻ろうと瀬尾くんに通信を入れた所で気付いた異変。嫌な予感がして、その場を太刀川くんに任せ本部まで走った。途中で入った通信は名前が意識不明であるという事実を告げてきて、嫌な予感が当たってしまった事に嘆いた。

病院に着いた時には処置は完了しており、静かにベッドに横たわる名前の姿があった。瀬尾くんに何があったか事情を聞くと口を開いたのは凍矢だった。

迅くんの後輩を助ける為に自分を犠牲にした、なんて

「ほんと…彼女らしいな」

瀬尾くんは珍しく苛ついていて凍矢はやけに大人しいから多分へこんでる。

「皆は何をそう落ち込んでいるんだ?名前は生きているんだ。それで良いだろう?」
「お前っ…!ふざけ」
「名前!」

遮るように病室に駆け込んできた凛香は今にも泣き出しそうな顔で、これは騒がしくなるなと人知れず息を吐き出した。事情を知った彼女が騒ぎ出すか暴れ出すかだろうと覚悟していたが、その予想は大きく外れ彼女は待つ姿勢を見せた。心なしかか瀬尾くんと凍矢の空気が少しだけ和らいだ気がする。

「なんというか意外だな」
「何がですの?」
「僕は君が一番取り乱すと思っていたが、君が一番冷静みたいで少し気が抜けたよ」
「久々に会いましたけど相変わらず失礼ですわね。一番落ち着いてる人間に言われても嫌味に聞こえますわ」
「ほんとだぜ。何でお前そんな落ち着いてられんだよ。名前がぶっ倒れてるってのに」

何故?と訪ねられた。その何故の答えを考えるように、眠っている名前へと視線を運ぶ。

何故?そんなの──


「彼女は一度だって僕達との約束を破った事はないからね。だから焦る必要もないだろう?」


彼女は僕達を置いていかない。

彼女は僕達との約束を破らない。

だったら、心配する必要も焦る必要もない。


「名前は後輩を助けるという迅くんとの約束を守った。自分自身に課した皆を守るという約束を守った。僕達との約束も守った。彼女は約束を守っただけだ。だから絶対に眼を覚ますし、僕達はただ待っていればいい」


僕達は置いて逝かれた人間の気持ちが良くわかるから。

名前は僕達を置いて逝かない。

僕達も名前を置いて逝かない。


それが僕達の約束。


「年上の余裕みたいでムカつきますわ」
「ふふ…案外そうでもないよ。そう思ってないと心が潰れてしまいそうなだけさ」
「やっぱりムカつく」
「君達と大差ないよ。さてじゃあ僕はそろそろ行くよ」
「は?お前何処行くんだよ?」
「仕事だよ。こんな状況だ、唐沢さんが幾ら敏腕だろうが、幾ら唯我くんの所が協力しようが限度がある。金は幾らあっても困らないからね」
「うわ…出たよ。大企業のボンボンめ」

こういう時くらい資金繰りで家の力を使ったって咎められる筋合いはない。頼りたくはないが、これもまたボーダー隊員の勤めと取ればそんな苦ではない。
手早く当たれる限りの所に連絡を入れる。勿論父親への連絡も忘れずに。後は唐沢さんに一本連絡を入れておけば大丈夫だろう。電話を切った所で、前方からやってくる人影に気付いた。

「やあ。お見舞いなら今日は止しておいた方が良い。多少落ち着いたとはいえ、皆まだ殺気立ってるからね。一発殴られるだけじゃ済まないと思うよ」

近付いてにこりと挨拶すれば、彼は少し困った顔をした。

「そうだな。とりあえず三日後くらいに来ると良い。その頃には皆冷静になっているだろうから」

それじゃあ、と彼の肩を叩いてその場を後にした。

帰り道、荒れ果てた街を見つめ、眼を閉じる。思い浮かべたのは、もし彼女の近くで戦っていられたらという有り得ない話。きっと彼女の隣で戦っていたとしてもこの結末は変わらなかっただろうな。僕が彼女のやろうとしている事を、彼女の道を閉ざすなんて、それこそ有り得ない。
閉じた瞼を開いて、再び飛び込んでくる荒れ果てた街並み。未来が視えるサイドエフェクトなんてものは僕にはない。僕が見えるのは遥か遠い遠い向こう側の景色だけ。

「未来が視えるというのはどういう気持ちなんだろうな」

傷付いて倒れた彼女と、彼女を傷付けてしまったと憂う彼を頭に浮かべて思う。

「あの二人に、今の僕は視えていたのかな」

親への反発でボーダーに入り、今こうして大切な人の帰りを待つ僕の姿が、あの頃からは想像も付かない僕の姿があの二人には視えていたのだろうか。

視えていたのなら、僕が言いたい事もわかっているのだろうか。

「僕もまだまだ餓鬼だな」

もしもとか、そんな事考えてる暇があったら前を見よう。下ばかり見ていては折角遠くを見渡せる瞳が勿体ない。今はただ、前だけを見て、彼女の帰りを待とう。

「まだ、ただいまも言っていないのにな。これじゃあ立場が逆転だな」

今度は僕が彼女を待つ番のようだ。



それが僕に出来ること
(彼女が眼を覚ましたら「おかえり」と「ただいま」を言ってあげよう)


ほんの少し背伸びをしてるだけ

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