【スクルドの時計は動かない】





『名前が…!名前が意識不明で運ばれたって…!』

宇佐美の声は今にも泣きだしそうだった。

大規模侵攻が起こる未来、メガネくん達に迫る最悪の未来が視えた時、真っ先に浮かんだのは名前のことだった。おれのサイドエフェクトに名前は映らない。おれが視えている最悪の未来では千佳ちゃんが攫われてメガネくんが死ぬ。

──じゃあ視えてない未来は?

もしかしたら視えていない未来で、名前に何かあるかも知れない。視えていない未来、それが怖かった。

城戸さんに問われた質問。この結果はおれが視ていた中で何番目か。視ていた中では二か三番目に良い未来だ。視ていた中では。

──じゃあもし、名前がこのまま目を覚まさなかったら?


それはもう、最悪の未来でしかない。


本当はすぐにでも駆け付けたい気持ちを抑え、先にメガネくんの病室に足を運んだ。お母さんと千佳ちゃんに何度も謝った。メガネくんがこうして目を覚まさないのはおれのせいだ、と。結局バタバタと時間は過ぎ、名前の病室へ足を運んだのは三日が経ってからだった。本当なら一番に駆けつけたかった場所。あの人からの助言もあって何だかんだ後回しにして結局この有り様だ。あの部屋には毎日誰かしら亜里阿の人間がいる。一発くらい殴られる覚悟はしてきた。


「テメェ…何しに来やがった」
「あちゃー…覚悟はしてきたけど凍矢だったか」
「視えてたくせにその反応ウゼェ!殴られる覚悟はしてきたか」
「そりゃあね……名前が目を覚まさないのはおれのせいだから」

部屋の中にはただ無言で名前に寄り添う凍矢の姿があった。おれを見るなりあからさまに眉間にしわを寄せる。室内に響く規則正しい機械音。名前が生きているという証。でも目を覚ますことはない。ガタリと大きな音を立ててパイプ椅子から立ち上がった凍矢にそのまま胸倉を掴まれた。

「ああもう!お前といい名前といい何なんだよ!自己犠牲も大概にしろ悲劇のヒロインぶってんなウゼェんだよ!何でもテメェらで抱え込んでんじゃねえ!ざけんな!」
「っ……!?と…凍矢!?」
「こいつが目覚まさないのはこいつの信念であのメガネを助けたからだ。お前のせいじゃねぇむしろお前なんか関係ねぇ自惚れんな!目の前で誰かが困ってたり傷付いてたりしたら助けるのがうちの隊長だ。自分のことなんか後回しの残念なくらい馬鹿でお人好しなんだよこいつは」

ゆっくりと手を離される。掴まれた時は気付かなかったが、凍矢の身体──

「…凍矢おまえ…身体、平気なのか?」
「仕方ねぇだろ。トリオン体だと戦神の鎖が反応しかねないから生身で居なきゃなんだよ。良かったな、これで殴られたら痛ぇぞ」

これ、と示した左腕は──義手だ。
腕だけじゃない。凍矢の身体は半分以上が機械の身体。だから、普段は生身で外に出る事は滅多にない。凍矢もまた、名前に救われた奴だ。

「お前のことぶん殴って名前が目ぇ覚ますってんならいくらでもボコボコにしてやるよ。でもそーじゃねぇだろ。名前は名前の意志で、今こうなってる。正直納得いかねえし許せねえけど、名前がそうしたいって思ってやったことなら、俺達は待ってやるだけだ」

名前を見つめる凍矢の眼は、寂しげだ。亜里阿の人間は皆、彼女に助けられた過去がある。だからこそ亜里阿のメンバーは名前に対する絆みたいな物が特に強い。

彼女を守れなかった後悔とそれぞれの意志

いろんなものが入り混じってもなお、色濃く現れるのは彼女の安否、心配、不安。


名前が無事ならなんでもいい、って表情が物語っている。


これじゃあまるで──


「…敵わないなぁ……折角覚悟してきたのに」
「は?殴られてぇの?」
「冗談だよ。って、あれ?凍矢?」

帰るのか?と訪ねれば「疲れた」と一言。その手は既に扉にかかっている。

「俺は一旦支部に帰る。お前は精々凛香か瀬尾に見つからねえうちに帰る事だな。後、名前に何かあったらぶっ殺す」

何とも物騒な言葉を残して凍矢は病室から出て行った。二人きりの病室には規則正しい機械音だけが鳴り響く。ベッド横の椅子に腰掛ける。

「名前」

呼んでも返事はない。触れた頬も、握った手も体温を宿しているのに瞼が上がる事はない。

「名前、おまえが生きていてくれて本当に良かった…今度こそ、おまえを失うかも知れないって思った…」

第一次大規模侵攻で侵した過ち。
あの時俺が取った最善の未来は、名前にとっての最悪だった。

「名前…眼を開けてくれ……頼むから、せめておれに謝らせてくれ…」



君の時計を壊した僕の後悔は消えない
(まるで──おれの入り込める場所なんて何処にも無いじゃないか)


ずっと伝えたかった事がある

ALICE+