荒船先輩は眉間に皺を寄せた後、私の頭に手を置いて「ブース入れ」とだけ言った。村上先輩と空閑の試合はまだ終わっていないのだけど、私と荒船先輩は個人戦ブースへと入った。換装体が転送され無言で切っ先を向け合う。今だけは、今だけは荒船先輩の瞳に私だけが映ってる。それだけでモヤモヤは晴れるし足りなかった所が満たされていく気がした。
「どうした?全然覇気がねーぞ」
「だとしたら師匠のせいですよ」
「なんだそれ。ちゃんと言わなきゃわかんねー」
弧月がぶつかり合う。何時もは見切れる間合いも全然見切れないから深手は負ってないが割と一方的に斬られてる。剣を交えればモヤモヤは解消すると思ったんだけど、意外とそうでもなかった。言わなきゃわからない、と荒船先輩は言うけれど、何をどう伝えれば良いのか私にはわからない。
「師匠が空閑の前で弧月抜いた時、」
思った事を一つずつ口にしてみよう、弧月を構え直して口を開く。
「何でかわかんないけど、私以外の前でも弧月使うんだって思ったし。当たり前なんだけど、なんか…すっごく遠い存在に感じたんです」
そもそもこの人は元攻撃手で、村上先輩の剣の師匠で、私も色々教わってる。ランク戦なんて普段見ないから知らないけど、きっと今までだってそんなシーン何度だってあったはず。何でそう思ったか、それはわからないけど。
「おまけに空閑にやられるし。画面越しだろうがランク戦だろうがやっぱ良い気はしないんですよ」
この感情に名前を付けるなら
「荒船先輩を斬り倒して良いのは私だけだって、思っちゃったんですよね」
多分、とんでもない【独占欲】だ。
□■□
個人戦ブースから出て時間を確認すればもうすぐ十五分が経とうとしていた。村上先輩と空閑の対戦が再開されるから戻ろうとした所で隣から出てきた荒船先輩に頭を掴まれた。これが地味に痛い。
「痛いんですけど」
「お前ばっか言いたいこと言いやがって」
「え、怒ってるんですか?」
自分で言わなきゃわかんねーって言ったくせに。荒船先輩は「違う」って言ってるけどめっちゃ顔怖い。なんだこれ。
「帰り、飯行くぞ」
「え?」
「今日の反省会含めてだ。不抜けた弟子に喝入れてやらねーとな」
あと、と続く言葉に息を飲む。
「人を勝手に遠い存在にしてんじゃねーよばーか」
パシンと小気味良い音とは裏腹に叩かれた頭はめちゃくちゃ痛い。痛がる私に荒船先輩は「置いてくぞ」と悪い笑みを浮かべてるもんだからさっきまでのモヤモヤはどっか行った気がするし後とりあえず頭が痛い。
空閑と村上先輩の試合は後半五本連取で村上先輩の勝ち。まぁそりゃそうだよね。
「で、村上先輩は空閑にネタバレしたんですか」
「ああ。どうせ俺が言わなくても玉狛で聞くことになるだろう」
強化睡眠記憶
村上先輩のサイドエフェクトは簡単に言えば学習能力が高い、というやつだ。今の村上先輩は空閑の動きを学習している、ということは
「村上先輩、お時間まだ大丈夫ならさっきのおさらいも含めて私とランク戦しませんか?」
「おい名前」
「ああ、構わないが……何で荒船が怒ってるんだ」
「師匠はカルシウムが足りないだけなので大丈夫です」
行きましょう、と村上先輩の背を押す。折角のチャンスなんだから此処は勝負しない訳にはいかないじゃないか。
「村上先輩、空閑はどうでした?」
「そうだな。強かったけど、様子見って感じがしたな」
「へー」
「名前、対策に付き合ってくれるのは嬉しいが空閑と同じ戦い方でなくて良い。本気で来い」
「言われなくても……村上先輩相手に手加減してる余裕はないですよ」
言葉と地を駆けたのはほぼ同時だった。
前半は三対二で私が勝ってる。最後に村上先輩と戦ったのいつだか覚えてないけど、その時より遥かに強いし、さっきの空閑との試合が活きてるせいで機動力重視の戦い方にとにかく慣れてる。だからといってトリガーを変えるつもりも、作戦を変えるつもりもないんだけど。十五分の休憩を挟み、試合が再開される。
「荒船と何かあったのか?」
「え?」
「荒船の様子が可笑しかったし、お前の剣に迷いがある」
振り抜かれた弧月を寸での所をシールドでガード。連続で斬りかかってくる村上先輩をいなしながら言葉の意味を考える。
「そんな迷いのある剣じゃ、俺を倒せないぞ」
「そう…ですね…!!! 何でこんなモヤモヤしてんだか、自分でもよくわかんないんですけど…!!」
考える余裕なんて正直ない。間合いを詰められたら力で押される。それじゃあ私に勝ち目はない。かといって、グラスホッパーを駆使した機動戦も耐性がついてる村上先輩には押し切れない事もないだろうけど効果は薄い。おまけにさっきまで吹っ飛んでたモヤモヤはまた顔を覗かせてくるしほんとムカつく。
「そもそも荒船先輩を独占したいって思った経緯がよくわかんない」
ぼそりと呟いた独り言に村上先輩はピタリと攻撃の手を止めた。
「名前、それ荒船に言ったのか?」
「え?ああ……それっぽいことは言いましたけど?」
村上先輩の質問にこくりと頷く。
「荒船先輩を斬り倒して良いのは私だけだ」なんて可愛げもへったくれもないメンヘラ発言をした記憶が蘇る。それを聞いた村上先輩はくつくつと笑い出した。
「そうか…ふふ…だから荒船…くっ…」
「何で笑ってるんですか?」
「ああ、いや…。名前は荒船のことが好きなんだな」
「そりゃあ師匠ですからね」
「まぁ…今はそれで良いんじゃないか。荒船が他の奴と剣を交えてるのが悔しかった、後輩にやられて悔しかった、だから自分とも戦って欲しかった、で」
なるほど。
今日一番でしっくりきた気がする。
「そうか。悔しかったのか私は…なるほど…」
「スッキリしたか?」
「はい、お陰様で」
構え直して向き合う。さっきより身体が、頭が軽い。これならいける。
「では改めてぶった斬らせて頂きます」
明るくなる視界
(霧が晴れたように視界も良好だ)
36-W 霧を払う一撃
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