歌川から非番の日を聞いた以上、行動しない訳にはいかないと決心して蒼也さんにメッセージを送ったのが遠い昔みたいに感じる。それくらいこの日に並々ならぬ決意を持ってきた。
今朝『本部に居るから来るときは連絡しろ』という簡素なメッセージが届き、心臓と胃が痛くなったのは言うまでもない。
本部に着いてすぐ連絡を入れ『作戦室に居る』と相変わらず簡素なメッセージが届いたので風間隊作戦室まで足を進める。廊下を走ると忍田さんや城戸さんに怒られるから走らないけど、一秒でも早く辿り着けと心は焦るばかり。作戦室の扉をノックし名乗れば「入れ」とお声がかかる。大きく深呼吸をして扉を開いた。
作戦室の中には蒼也さん一人だった。非番だと言っていたし、菊地原は知らないけど歌川の事だから気を利かせてくれたのかも知れない。後輩の心配りに感謝すると同時に何も言ってこない蒼也さんの無言の圧力に心が折れそうでもあった。
「えっ…と…歌川から聞きました、意識ない時にお見舞い来てくれてたって…退院した時、すぐにご挨拶来れなくてごめんなさい……」
蒼也さんは無言だ。扉の前で立ち尽くす事しか出来ない私は必死に言葉を探した。
「レイジさんに聞きました。私のこと心配してくれてたって……蒼也さん、怒ってます…よね…」
無言の圧に耐えられなくて蒼也さんから目を背けてそのまま視線は自分の足元へ。
怒ってるに決まってる。
蒼也さんは私が無茶すると決まって私を叱っていた。無茶をするな、命を大事にしろ、と。
無言は肯定の意だろう。
色が変わるほど強く握り締めた拳が痛い──心が痛い
小さく椅子が鳴る。カツ、カツ、と足音が聞こえる。足音は目の前で止まり、視線の先に私のものではない靴と影が映る。瞬間、手が伸びてきたと思ったら顎を掴まれ顔を引き上げられる。それはあの大規模進行の時、敵の大将にされたのと同じで一瞬ビクリと身体が反応した。目の前には蒼也さん。紅い瞳が此方に向いている。ポーカーフェイスを保つ蒼也さんが何を考えているのか今の私にはわからない。
何も言わぬまま顎を掴まれ、視線だけが交わる状況。身長差があまりない分、距離が非常に近く感じる。呼吸さえ忘れそうな、そんな緊張感。
「眼、ちゃんと戻ったんだな」
だんまりだった蒼也さんの口から発せられた言葉はさっきまで私が投げかけていたものへの返答ではなくて。眼?と馬鹿な私の思考では蒼也さんの言葉に追い付くのに僅かに間が空いた。その間も蒼也さんの紅い瞳は逸らされる事なく私に向けられているわけで。
「あ、ああ…はい…戻りました」
「そうか」
会話はそこで途切れた。だが未だに私は蒼也さんに捕まったままで。何か言わなければ、と口を開こうと息を吸い込んだらまた蒼也さんが先に口を開いた。
「お前は俺に怒っているのか、と聞いたな。その問いの答えはイエスだ」
「っ、」
「勿論無茶したお前にもだが、それ以上に自分自身に腹が立っている」
紅い瞳は、私を捕らえたまま揺るがない。
「お前の眼が金色のままだと木崎に聞いた時、俺はあの時の自分の判断を酷く後悔した。お前に戦わせるべきではなかったと。無茶をするなと何時も言ってる俺自身がお前に無茶させてしまったと、な」
「でも、蒼也さんのお陰で敵を倒せました」
「無茶をさせたのは事実だ。それに、要らん事を諏訪達にも知られてしまったしな」
「それは……」
気にしていたのか。
確かに最重要機密である私の黒トリガーのことを知られてしまったのはまずかったと思ってる。だけど──
「例え、あの場に誰が居ようと私は黒トリガーを使っていました。だから諏訪隊の件は私の落ち度でしかないです。蒼也さんは悪くない。それに、」
それに
「私は嬉しかったですよ。緊急事態とはいえ、蒼也さんが記憶を視せてくれた事」
記憶を、心を覗かれるのは誰だって嫌なものだ。それを受け入れてくれた事。すんなりと蒼也さんの中に入っていけたのは、蒼也さんが私を信用してくれてたっていう確固たる証拠。
「だから…有り難う御座いました。心配かけてごめんなさい」
伝えたかった言葉。
「有り難う」と「ごめんなさい」の二つを真っ直ぐ紅い瞳を見据えてちゃんと口にした。
蒼也さんは一度大きく目を見開いてから小さく笑ってようやく私を解放してくれた。
「敵わないなお前には……」
「何か言いました?」
「いや……名前」
「はい?」
「おかえり」
さっきよりも近い。決して大きくはない逞しい両手に頬を包まれて、おでこ同士がぶつかるその距離で発せられた言葉は私の心拍数を大きく上昇させるには充分すぎた。
聞きたかったその言葉
(私の顔、きっと蒼也さんの瞳と同じ色してる)
39 ただいまと言わせて
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