私が目を覚ましてから、会ってない人が一人居た。会ってない、って人はまぁ沢山居るには居るんだけど。
どうしても会わなきゃいけない人が居た。
□■□
本部の屋上。陽もすっかり落ちたその場所は一人で居るには少し寒い。手を温めようと吐き出した息は白く、気休め程度にしかならない。
(早く来ないかな…)
柄にもなく、そう思った。
一時は会いたくないとすら思っていたその人を、来るかどうかもわからないその人を、ただ待っているだけなんて馬鹿げてる。そうも思った。
(まぁ…来るだろうな、だって…)
だって──
屋上に続く扉が開く音が鼓膜を揺らす。振り返らなくてもそれが誰だかなんてわかっている。
「名前」
「迅さんお久しぶりです。来てくれたんですね」
「……名前が此処に居る未来が視えたから」
口にしていいものなのか。戸惑いを含んだ声色で発せられたその言葉に私は内心安堵した。
迅さんへのSE無効を一時的に解除した。そうすればきっと迅さんはこの未来を視るはずだ、と。来るか来ないかはわからない、けど。
私の未来が視えたら、迅さんは必ず来る。
確信にも似たそれは自惚れか否か。
「迅さん、少し話しませんか?」
それは何時だったか迅さんに言われた言葉。迅さんは無言のまま一歩、一歩と近付いてくる。次に何が起こるか視えたのが先か、後か。思考が行動に追い付く前に、私は迅さんの腕の中に閉じこめられた。
何から話そうか。考えはある程度まとめていたのに迅さんの行動一つで全部何処かへ飛んでいってしまった。
「じっ…迅さん…!?あの、離し、」
とりあえず離して貰わねば。暴れる心臓を落ち着かせ身を捩ろうとして気付いた違和感。肩口に落ちてくる雫の存在と、背に回された手の力強さ。
「おまえが無事で…本当に良かった……おれ…名前が倒れたって聞いた時…今度こそ…おまえを……」
そして震える声。
迅さんが、泣いてる。そう確信付くには余りにも条件が揃いすぎていて。
「迅さん…私はちゃんと此処に居ます。守れなかった物は多いけど、三雲も雨取も無事です。約束、守りましたよ」
「違う…違うんだ…おれは、おまえを今度こそ失うんじゃないかって…また…間違えたかもって……約束とか…いいんだよ…おまえが無事ならそれで、」
より一層腕の力は強くなる。まるでもう離さない、逃がさないと言っているようで。
未来が視えるというのは本当に残酷だ。
何時だって神様は彼を苦しめる。
「迅さん、私の黒トリガーは恐らく私が死ぬまで外せないようです。アフトクラトルの大将がそう言ってました」
「一つ教えてやろう。金色の瞳の女よ、お前は──死ぬまで戦い続ける事になるだろう。それは、そういう物だ」
"精々苦しめ 俺が最後まで見届けてやる"
あの戦いの中、奴らが撤退する直前で囁かれた言葉。
意識をなくしている時、私の中で聞いた声。
そういう物、と言っていた。
戦神の鎖は呪い。未来永劫続く呪い。
死ぬまで外せない、戦いという呪いの鎖。
ならば──
「私は戦わなきゃいけないんです。何処かで傷付くかも知れないし、死ぬかも知れない。それでも戦います。どっかの誰かさんのせいで守りたい物もなんだかいっぱい増えてしまったので」
果たして今、迅さんはどんな顔をしているのだろうか。それは視てはいけない気がしたのでぼんやりと夜空を見上げる。
失うのが怖くて拒絶したあの頃の自分。
それでも彼は私に大切を増やした。
両手で抱え切れないくらいに増えたそれを全部この手で守りたい。
そう思われせてくれたのは、迅さんだ。
「私は私の大切を守る為にこの力を使います。たとえ呪いだとしてももう逃げません。最後の最後まで、抗ってやります。だから迅さんも、もう自分を責めないで。じゃないと…また逃げ出したくなるじゃないですか」
迅さんのせいじゃない。
両親が死んだのも、その仇が黒トリガーとして私のもとにあるのも。それは迅さんのせいじゃない。ずっとそう言っていた。否、言い聞かせていた。でも心の何処かで諦めとか悔しさとか怒りとか、そういった感情があって、その中の一つに迅さんへの負も確実にあの当時はあった。未来が視えていたのなら、って。冷静な頭で考えれば大勢を守る為仕方のなかった事だったんだろうってわかる。それでも、私はあの時、その一つの負の欠片を迅さんに見せてしまったから。
それがいけなかった。
あの時から彼を苦しめているのは、紛れもなく私だ。
でももう良いんだ。抗うと決めたから。
彼が苦しむ必要はもう何処にもない。
「迅さん、私の代わりに泣いてくれてありがとう御座います。でももう大丈夫、未来は動いてます」
止まった時計は回り出す
(むせび泣く彼の背にゆっくりと腕を回した)
守るべきものが見付かったから
逃げない 二度と
40 アシタノヒカリ
スクルドの時計は動かない 第1章 完結
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