【スクルドの時計は動かない】





朝から大あくびして余裕で遅刻してきた米屋を見ていたら昨日の事なんて全部無かったことみたいに思える、そんなお気楽な脳みそなら良かったのにと朝から自己嫌悪に陥った。

「何余裕ぶっこいて遅刻してきてんだか」
「ちょっといろいろな」
「いろいろ、ねぇ…」

どうせ眼鏡くんの監視か何かだろう。三輪隊が動いているのは感じてた。

「そういえば朝迅さんに会ったぜ。午後から大仕事がある、とか言ってた」

迅さんの持ってくる大仕事はほんとに大仕事で骨が折れるから盛大に息を吐いた。暢気に敵との戦闘を想定してるコイツは本当に戦闘馬鹿だ。

全隊員に出動命令が出されたのは昼過ぎのこと。迅さん指揮のもと害虫駆除が始まった。そして私たちの隊ももちろん害虫駆除に行くわけだが。何故だか迅さんに呼び止められた。

「悪いんだけど、名前達にはこの辺りをお願いしたいんだよね」
「うちの隊だけ別行動ってことですか?遠征で出払って人数少ないのに?」
「その方がやりやすいし効率が良い」

ニヤリと笑って「おれのサイドエフェクトがそう言ってる」て何時もやつ。嗚呼、これはうちの隊員の未来が視えたのだろう。ちらりと隣を覗くが我関せずと言った顔だ。

「わかりました。その代わり好き勝手やらせて貰いますからね」
「大丈夫。忍田さんには二人分許可貰ってる」

忍田さんがそういうならほんとに好きにやって良いのだろう。迅さんに「任せた」と頭を撫でられる。こういうところもほんと昔から変わらない。

「じゃあちゃっちゃと害虫駆除終わらせるとしますか」

気だるそうに隣に立つ彼──瀬尾帝に声を掛け、目的地へと向かった。

□■□

害虫駆除は夜中までかかった。
迅さんから終了の知らせが入りようやく一息つく。

「瀬尾ちゃん終わったって」
「だったら早く帰ろ。疲れた」
「体力ないなー」
「オレ戦闘員じゃないし」

ムスッとした表情を浮かべる彼に思わず頬が緩む。終始ふてくされ疲れたを連発する彼は亜里阿支部の優秀なエンジニアである。

「仕方ないじゃん、今うちに居るの私と瀬尾ちゃんだけなんだし」
「ラッドの殲滅くらい夏美だけで十分デショ」
「たまには戦っとかないといざって時動けないデショ。そんな事どーでもいいから戻ってこれ調べるよ」
「調べるのはオレだけどね」

これ、と言って掴み上げたラッドの残骸を持って二人で亜里阿支部へと戻った。

支部に戻った瀬尾ちゃんはさっさと換装を解いて一人研究室に籠もるのかと思いきや、がっちりと右手を掴まれて一緒に研究室内に引きづりこまれた。ガチャガチャといろんな機材を弄りながら瀬尾ちゃんは目線も合わせずポツリポツリと、今日の任務の事やらイレギュラー門の事とか言葉を漏らし始める。

「名前ってほんとお人好し」
「私が迅さんのお願い断れないの瀬尾ちゃん知ってるデショ」
「その後始末するオレの気持ち考えてよ」
「大袈裟だって」
「オレ、名前に何かあったらイヤだから」

ぶつくさと言っているが、作業する手は止めない。目も合わせず呟かれた言葉は消え入りそうな程小さくて、苦笑する。

彼との付き合いは長い方だ。
技術者としての能力は非常に高いし、非戦闘員だと言っても武器を持てばそこらのB級よりははるかに強い。だけど、普段は大人びて頼りになる彼も、蓋を開けてみれば私より一つ下のただの少年。いろいろ心配もするし不安だってある。彼にとって自分がどんな存在かも、理解してるつもりだ。

「大丈夫だよ瀬尾ちゃん、私強いから」
「知ってるし。ただ、うちの隊長は他人の為に自分を顧みないお人好しのバカだから。もし誰かの為に名前が傷付いたらオレ、ソイツの事殺しちゃうと思う」
「物騒なのは相変わらずだなぁ」
「仕方ないよ──オレは近界民だから」

淡々と吐き出された言葉に私は盛大に溜息をつき、彼の頭をわしゃわしゃと撫でると彼からの抗議が始まるが無視だ。

「瀬尾ちゃんも人のこと言えないお人好しだよね。近界民とか人間とかどうでもいいよ」

辛気臭いのなんてらしくないよ、と笑い飛ばして更に強く頭を撫で回すと、彼は黙ってされるがままになる。

今はそんな事どうだっていい。考え事ばかりしていた頭に緩やかにブレーキがかかり、だんだんと思考が停止していく。そういえば最近あんま寝れてなかったな、そこで思考は止まり瞼が落ちる。手放しかけた意識の中で小さく聞こえてきた「バカ名前」って言葉は聞こえないふりをしておいた。



そんな今更過ぎる話
(なんだかんだ受け入れてくれる辺り、彼も相当お人好しだと思う)


05 しばし束の間の休息を

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