行き慣れた道を歩き、見知ったお店の暖簾を潜ったのはすっかり日も落ちた頃だった。席に座って手慣れた様子で注文を済ませる荒船先輩は自分で常連と豪語するだけの事はある。


「んだよ、何処の女連れて来てんのかと思ったら名前じゃねーか」
「カゲ」
「影浦先輩こんばんはーお邪魔してます」

お盆にグラスと食材を乗せてきたツンツン頭にマスクのガラの店員さん、もとい、影浦先輩は心底面倒くさそうに私達の所にやってきた。


「つーかお前入院してたんじゃねーの?」
「今日退院しました。なので退院祝いに荒船先輩に連れて来て貰ったんです」
「退院祝いならもっと良いとこ連れてってやれよ」
「コイツが行きたいって言ったんだ」

先輩達のやり取りそっちのけでお好み焼きを焼き始める。私何にも言ってないのに運ばれてきた一つは私の好きな豚玉チーズを頼んでくれてる荒船先輩ほんと流石過ぎる。あんまり褒めるとドヤッてされるから言わないけど。


「先輩、ひっくり返して下さい」
「練習しろ練習」
「失敗しても怒らないで下さいよ」

受け取って貰えなかったヘラを仕方なく持ち直してゆっくり鉄板との境に差し込む。意を決してひっくり返したお好み焼きはべちゃりと何とも不格好な形でひっくり返っていった。


「ヘタクソ」
「だから言ったじゃないですか!影浦先輩も何か言ってやって下さいよ!」
「あんま人んちでいちゃつくんじゃねーよ目障りだ」

勝手にやってろ、と呆れた様子で影浦先輩は厨房の方へと消えていった。
もう一つの方は先輩が綺麗にひっくり返ってくれた。手慣れた手つきでソース、マヨネーズを交互に掛けていく。鰹節と青海苔も乗せて手早く切り分ける。前に来た時は盛大に齧り付いて思いっきり火傷したせいか「火傷すんなよ」と前振りされたので今日はちゃんと一口サイズにして口の中へ。やっぱり此処のお好み焼きは美味しい。熱々のお好み焼きを頂き、退院祝いということで影浦先輩のお母様からアイスまで御馳走になりお腹は大いに満足である。お会計の時また荒船先輩に睨まれたけど一日に何度も御馳走になるのは悪いと食い下がり、交渉の末何とか小銭だけ出すことを許された。荒船先輩はなかなか頑固である。知ってたけど。

お店を出てでは帰りましょうと歩き始めたら首根っこ掴まれて「送る」と一言。


「いくら何でも送って貰っちゃったら先輩が帰るの遅くなっちゃいますよ」
「こんな時間に女一人で帰らせる訳にはいかねーだろ」
「私強いから例え何かあっても大丈夫ですって」
「そういう問題じゃねー」

こんなやり取りをしてる間も私の家の方へとどんどん歩を進めていく。何時も帰りが同じになると送ってくれるし律儀にお家に着くと連絡もくれるから、詳しい場所は知らないけど荒船先輩のお家と私の家が二十分程度の距離だというのは実は知っている。歩いて二十分って地味に遠い。影浦先輩のお家から私の家まで歩くともうちょいあるかな。でも一人だと長く感じるのに二人で話ながら歩く帰り道はあっという間なんだ。


「先輩、今日は有り難う御座いました」
「なんだよ急に」
「ちゃんと言っとかないとだなって思っただけです」

もしかしたらあの時、私は死んでいたかも知れないし敵国に連れて行かれていたかも知れない。目覚めた時、自分がどんだけ無茶苦茶な事をしていたかを散々瀬尾ちゃん達に聞かされた。彼等の訴えはご尤もだったし、我ながらその自覚はあった。


(こうして隣を歩くことも叶わなかった知れない)

そう考えると今自分の置かれている状況は幸せ以外何者でもない。

それっきり無言で歩き続けて私の家の前まで辿り着いた。律儀にエントランスの中に入っていくまで見送ってくれるのを知っているから、手早く挨拶を済ませて背を向ける。扉に手を掛けた所で、もう一つ、言っておこうと思った言葉がふわりと過ぎったのでくるりと踵を返した。荒船先輩は何事かといった顔で此方を見ている。


「私、生きてて良かったです。また先輩の隣をこうやって歩けるのすっごい幸せだなぁって思いました」

ポカンとした表情の先輩は放っておく事にして。では、と再び背を向け今度こそエントランスの中に入っていく。言いたいことを言えてスッキリした。明日から現場復帰も出来るから心配掛けた人達にもちゃんと感謝を伝えよう。


「あ。奈良坂にケーキ美味しかったよって伝えとかないと」

端末のメッセージアプリを開いてササッとメッセージを送り、しばらく鳴らないであろうそれをベッドに投げてお風呂場へと向かった。


猶予期間は二十分
(お風呂から出る頃には着信ランプが点滅してるに違いない)
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