▼ 今日退院する、とだけ聞いていたけど何時に退院するとか、それこそ何処で落ち合うとか一切決めていない事に気付いたのは帰りのSHRの時だった。アイツも馬鹿じゃないだろうし、連絡が来なければとりあえず病院まで行けば良い。そんな事を考えてたら窓際に座る奴等がガヤガヤと騒ぎ出した。 「あの子結構可愛くね?」 「え、なにあれ?一高の女子じゃん?待ち合わせかな?」 「お前ちょっとナンパしてこいよ」 一高の女子、というワードに思わず反応してしまった。いや、まさか、そんな。そもそも居たとしても、今日まで入院してた奴が制服で居るとは思えない。わざわざ窓際まで行って確認するのも馬鹿らしい。外に行けばわかることだ。SHRが終わり、周りがより一層五月蝿くなる前に教室を飛び出した。 「あれ?荒船じゃーん、何急いでんの?」 「犬飼」 「あ、もしかして名前ちゃんと約束してるとか?それなら早く行かないと奈良坂に取られちゃうかも」 なんで奈良坂、と聞き返そうとした所でポケットの中の端末が振動した。メッセージの送り主はその奈良坂で一言『早く引き取りに来て下さい』と。何を、とは書かずともわかるだろうということか。すぐ行くとだけ返事を返し、ニヤつく犬飼を無視して急いで校門へと向かう。階段を駆け下り、靴を履き替え、門の方へ歩を進める。仲良く談笑している二人の姿を発見して自然と足は速くなり、そのまま勢いで馬鹿弟子の頭をひっぱたいた。奈良坂は呆れた様子で小さく溜息をつき、「じゃあ俺これから任務なので失礼します」と人を哀れむような目で帰っていった。アイツ今度ぶった斬る。 名前に何で制服なのか理由を問えば病院からそのまま来たから大規模侵攻の時に着てた制服しかなかったという簡単な話。そういえばコイツ、あの日教室から直接現場に向かったって確か東雲が言ってた。まあそれなら仕方ない。俺も制服だから私服だと逆に浮きそうだし。 「それに一回やってみたかったんですよね、制服デート」 へらりと笑う。納得しかけた頭にとんでもない衝撃が走り、顔に熱が集まっていくのがわかる。何時も被ってる帽子もないから顔を隠すことも出来ず、得体の知れないこの感情を舌打ちにして「行くぞ」と半ば強引に名前を引っ張って歩き出した。 □■□ 駅近くに出来たという喫茶店は少し落ち着いた雰囲気で、昨日一人で来た時は流石に足が進まなかったが、二回目となると入りにくさは然程感じない。ショーケースに並んだケーキを眺めては唸る名前が何にしようか悩んでいるのは明白だ。どれで悩んでるのか聞けばレアチーズとミルクレープだという。名前のチーズケーキ好きは知ってる、だから昨日はベイクドを買っていった。ちなみにレアは昨日売り切れだった。 「すみません、レアチーズとミルクレープを一つずつ。後、アイスコーヒーを二つで」 ポカンとした顔で此方を見上げる名前。俺は別に何でも良いし名前が食いたいもん食えば良い。そこまで言ってやるつもりはねーけど。そのまま会計まで済ませようとしたら慌ててお財布を出して「先輩!お会計!」なんて叫ぶから「いらねぇ」と一蹴した。大人しく奢られとけばーか。 席について再度財布を出す馬鹿弟子を睨み付けて黙らせる。好きに食えと言えば自分の方にレアチーズ、俺の方にミルクレープを差し出してきた。いただきます、ちゃんと手を合わせる。普段がさつで阿呆だけどコイツのこういう所はちゃんとしてんだなって思う。ケーキを口の中に入れた名前の表情が一気に緩んでいくもんだから何だかこっちまで頬が緩む。「旨いか?」と問えば全力で首を縦に振っている。そこまでは良かった。 「先輩もどーぞ」 今さっき自分の口に運んだフォークで一口大にしたケーキを目の前に差し出され、思わず動きを止めた。何かを察したのか不躾だったとか、出水達相手じゃないのにとか、自分のフォークじゃ嫌だよなとか。そーいうことじゃねえよ。名前は名前で当たり前のようにしてるし、気にする方が馬鹿なのか?少し考えた後、意を決して差し出したままのフォークをパクリと一口。 「うめぇ…」 正直味なんてわかんねえ。 顔面に集中する熱が煩わしくて前髪を掻き毟る。やった本人すら照れてんじゃねーかよくそ。熱が引いた頃「先輩そっちもください」と言われたのでさっきされたのと同じようにしてやったら自然に食っていった。なんかムカつく。余程此処のケーキが気に入ったのか通おうかなと話す名前に太るぞと言ったら拗ねてきた。そっから話は狙撃手の話になり。奈良坂、の名前が出て来て何故だか心がざわりとした気がした。 「お前、奈良坂と仲良いんだな」 「へ?ああ……テスト勉強一緒にしたり甘い物食べに行ったりするくらいには仲良いですかね?」 奈良坂の話をする馬鹿弟子によくわからない苛立ちが込み上げてくるし、何かが耐えきれなくなって今度は自分を誘え、なんて。らしくない。申し訳なさそうな顔で様子を伺ってる馬鹿弟子に「ついでに食後の運動も付き合ってやるよ」と言えばパァと表情が明るくなる。コイツの扱いは俺が良く知っている。 □■□ 本屋に用がある、と言い出したので店を出て本屋へと向かう。どうやら隊員に頼まれた小説の新刊と参考書を買うらしい。語尾を濁していたのに疑問を感じていたら手にしていた高校1年2年の復習用と大学受験向けのそれに更に疑問は膨れあがった。学校の授業だけじゃ不安、と話す名前には珍しく焦りの色が見えた。確かに任務で授業出れなかったりする事はあるし昔のサボり癖が影響してるのもあるだろうが、コイツがそこまで馬鹿じゃないのは知っているからそんなに焦る理由が見付からないでいた。 「今から頑張ってあわよくば先輩と同じ学校行けたらなーとか……って、痛っ!!」 ただでさえ尻窄みになる言葉を言い終わるに目の前にあった赤い本でぶっ叩いて遮った。ついでに持ってた参考書を奪ってその赤い本を渡す。 「買うならそっちにしろ」 「流石にこれはハードル高くないですか?」 「安心しろ、わかんねえ所は俺がみっちり理論から叩き込んでやるから」 あわよくば、だと?ふざけんなよ。 俺の弟子がそんな低い志で良いと思ってんのか。 俺が協力してやるんだ、意地でも俺の後輩にしてやる。 本も買い終えまだ晩飯までは少し時間もあるので適当にフラフラしていくことにした。洋服売り場や雑貨屋が並ぶ敷地内、俺は滅多にこういう所来ないけど名前はどうなのだろうと思っていたらどうやら名前もあまり来ないらしい。来る時は大体東雲か小南が一緒で着せ替え人形にされるとか。東雲は本部で見掛ける時、私服で居るのを良く見るけど確かに名前の私服って殆ど見た事ない。大抵隊服か制服だ。ふと、名前が足を止めたその場所は、どうやらお気に入りの雑貨屋らしい。何やら入るのを躊躇っているようで、それが俺への気遣いなのは明白だ。余計な気をまわす馬鹿弟子の腕を取り店内へ。遠慮すんじゃねーと小突けば「じゃあ、ちょっとだけ」と店内を周り始める。宝石箱をひっくり返したような、なんて表現があるけど、店内のアクセサリーや小物を見詰めてるこの馬鹿弟子の瞳がまさに宝石みたいにキラキラしていた。一通り見終わったのか店から出ようとするから何も買わないのかと呼び止めたら特に欲しい物があった訳じゃないのだという。普段使い出来る物って、果たしてどんな物なのか。女ってよくわかんねぇな。俺が考え事してるのなんてつゆ知らず、不意打ちで腕をぐいっと引っ張られたから「引っ張るな」と頭ひっぱたいてやった。 □■□ 店に着く頃にはすっかり日も落ちていた。案内されてすぐに注文して、グラスと食材を運んできたのは気怠そうな声のカゲだった。 「つーかお前入院してたんじゃねーの?」 「今日退院しました。なので退院祝いに荒船先輩に連れて来て貰ったんです」 「退院祝いならもっと良いとこ連れてってやれよ」 「コイツが行きたいって言ったんだ」 へー、とマスクを外してニヤニヤと笑ってる。そんな俺達なんてお構いなしでお好み焼きを焼き始めていた名前はすっと此方にヘラを差し出してきた。ひっくり返して下さいって。お前じゃあ何で焼き始めたんだよって疑問は腹が減ってるからで片付けられそうなので飲み込んだ。代わりに練習しろと付け返せば、渋々ヘラを持ち直してお好み焼きと対峙する。よっ、と小さい掛け声と共にひっくり返したお好み焼きはべちゃりと何とも不格好な形でひっくり返っていった。 「ヘタクソ」 「だから言ったじゃないですか!影浦先輩も何か言ってやって下さいよ!」 「あんま人んちでいちゃつくんじゃねーよ目障りだ」 勝手にやってろ、とカゲは厨房の方へと消えていった。見本見せろと騒ぐ馬鹿弟子の為にもう一つの方は俺がひっくり返した。そのままソース、マヨネーズを交互に掛けていき鰹節と青海苔も乗せて手早く切り分ける。結局全部俺がやってるじゃねーか。前に来た時は盛大に齧り付いて思いっきり火傷した馬鹿に「火傷すんなよ」と忠告してから俺も一口。ああ、やっぱり此処のお好み焼きは旨い。名前の退院祝いということでアイスまで御馳走になった。 会計の時また名前が財布を出してきた。「いらねーよ」って言っても「一日に何度も御馳走になるのは悪い」と、コイツなりに気を遣ってんだなと仕方なく小銭だけ出させてやった。店を出て「では帰りましょう」と歩き始めたら馬鹿の首根っこ掴まれて「送る」と言えば、は?見たいな顔された。こんな時間に一人で帰らせられる訳ねーだろ、という俺の言葉に「私強いから」とかそうじゃねえの良い加減に気付けよ馬鹿。何時も送ってやる度にこのやり取りをしてる。此処まで来るとわざとやってるんじゃねぇかって思う。コイツはそういう所たちが悪い。 「先輩、今日は有り難う御座いました」 「なんだよ急に」 「ちゃんと言っとかないとだなって思っただけです」 突然の礼。 ちゃんと言っとかないとだなって思った、て空を見詰めながら名前は言った。 大規模侵攻でのコイツの無茶苦茶は後から色んな人に聞かされた。もしかしたら死んでたかも知れないし、敵国に連れて行かれていたかも知れない。 (言いたいことが言えなくなる事もあるんだな) 危険は隣り合わせなのは重々承知していても、その事実と向き合う事が今までなかった。今回、それを目の当たりにした。 それっきり無言で歩き続けて名前の家の前に着いた。何時もエントランスの中に入っていくまで見送るのを知っているから、手早く挨拶を済ませて背を向けた。中に入っていくと思ってたソイツはくるりと身体を返して此方を向いた。 「私、生きてて良かったです。また先輩の隣をこうやって歩けるのすっごい幸せだなぁって思いました」 では、と再び背を向け今度こそエントランスの中に入っていった。取り残された俺は血液が全身を駆け巡り徐々に顔に集まってくる妙な感覚に耐えかねて思わずしゃがみ込んだ。 「あの馬鹿っ…!! そういう事サラッと言うんじゃねーよっ…!!」 建物の中へ消えていった馬鹿弟子に悪態を付いてみても、真っ赤に染まってるこんな顔じゃ格好も付かないしとてもじゃないが見せられたもんじゃないと頭を抱えた。 原因不明の発熱 (家帰るまでに頭冷やさねーとな) |