ボーダーに入ったのは成り行きだった。
両親を小さい頃に亡くし、家族は姉ただ一人。姉さんは母であり父であり姉であり、私にとって唯一だった。その唯一の存在も第一次大規模侵攻で亡くし、私は独りになった。そして、独りになった私は膨大なトリオン量を保有しているという理由でボーダーに保護され、そのまま隊員となる。

全て流されるまま、成り行きで。

そんな私には戦う理由なんてなくて、ただ与えられた訓練をこなし、ポイントを稼ぎ、正隊員という名が付き、例えるなら雲のように流されていった。


「私ボーダー辞めます」

何度言ったかわからないこの言葉。言う度絆されそしてまた流される。「戦うのが嫌ならオペレーターはどうだ?」と言われ、結局高いトリオン量が勿体ないからと戦闘員に留めさせられる日々。そんな鬱陶しい日々に現れたのか彼女だった。


「君デショ?怪物級のトリオン持ってる辞めたがりは。本部が嫌ならうちにきなよ」

廊下で突然投げかけられた言葉。随分重そうな鎖を腕に巻き付けた不思議な出で立ち、自分の素性も明かさずヘラヘラとした印象と軽い口調の彼女の第一印象は極めて最悪だった。


「誰だか知らないけどお断りしますさようなら」
「やっぱ即答か。まぁ、でもうちは何時でも歓迎するから。じゃあ、またね」

またね、の言葉が妙に刺さったのが今でも覚えてる。

□■□

相変わらず周りに流されてだらだらとボーダーを続けていたある雨の日、事件は起きた。

朝から降り続いていた雨は人々の心と足を重くする。雨は嫌いだ。姉さんを亡くしたあの日も雨だった。雨は、キライだ。

今日は任務もない。チームも組んでないから本部に行く用事もない。組む気もないけど。早く帰りたいという一心で、鮮やかなパステルカラーの傘を片手に家路を急いでいた。

バシャバシャと足元を跳ねる水しぶきが鬱陶しい。
空から落ちてくる水滴が鬱陶しい。
鳴り響く雷が鬱陶しい。
重たい空気が鬱陶しい。

すべてが、鬱陶しい。


目の前に大きな水溜まりが見えた。何時も通るこの河川敷は水捌けが悪いので足場が悪い。気付かず進んでいたら足元が大惨事になっていたに違いない。水溜まりの前で一度立ち止まり、鬱陶しい雨空を睨み付けた。

そこで事件は起きた。

雨空に浮かぶ異様な黒い空間。時空を裂くようにそこから現れたのは、あの日三門市を襲った──


「近界民…っ!!」

ギョロリと機械の瞳が此方を見た。トリオン量の多い者は近界民に狙われやすいと誰かから聞いた。複数体現れたトリオン兵は真っ直ぐ此方に向かってくる。


(逃げないとっ…!)

こういうときこそ戦うのがボーダーの役目だと言われるだろうが、流されるまま続けてきた私にそんな度胸は存在しない。一人での戦闘なんて勘弁して欲しい。
私は戦いたくないんだ。

頭では逃げなきゃいけないとわかっていても身体が動かない。

それどころか心臓が五月蝿い位に暴れ回る。
全身の血液が駆け巡っていくように熱くなる。
呼吸が苦しい。
目の前がチカチカする。

脳裏に焼き付いて離れない姉さんの最期。


すべてが一瞬のうちに襲いかかる。


嗚呼、本当ニ 鬱陶シイ──




ボーダー隊員が現場に到着した時には既にトリオン兵は破壊し尽くされた後だった。

水溜まりを避けたはずの足元も、お気に入りだった鮮やかなパステルカラーの傘も見る影はなく。稲光に照らし出された残骸の中心に立ち尽くす私の姿は、泥で汚れているはずなのに、まるで血塗れの惨状の中にいるように見えたと、駆け付けた隊員が話していたという。


雨の中、一人嗤う
(それが雨の殺し屋(レイニーキラー)と呼ばれる由縁)


降り続ける雫は何一つ流してはくれない
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