あの雨の日以降、私の世界は変化した。正隊員だった私は誰に咎められる事もなかったが、代わりに「雨の殺し屋」なんて物騒な渾名が付いた。制服もお気に入りの傘も泥塗れにした上、今まで流されるまま過ごしてきたのが途端に話題の中心に放り込まれ周りからの好奇の目が鬱陶しくて仕方ない。

今度こそ辞め時なのかも知れない。私は何度目かわからない離隊届けを手にしていた。


「やぁこんにちは」
「こないだの…」

廊下で出会った彼女は以前会った時と変わらずへらりと笑う。なのに何処か自分と同じ何かを感じるのは気のせいだろうか。彼女の隣に居る少年は無表情のまま此方を見つめてくるから何だか居心地が悪い。


「まだ辞めたがりやってるんだ」
「貴方には関係ないでしょ」
「そうだね、関係ないか…。じゃあ一つだけ」

スッと彼女の顔から表情が消える。思わず息を飲んだ。


「ボーダーまだ辞めないんだったらうちに来たら?もうあんな思いはさせないから」

じゃあ、とまた彼女はへらりと笑って私の横をすり抜けて行く。無表情の少年は彼女の後を着いて行こうとはせず、相変わらず私を見て失礼なくらいわざとらしく溜息を吐き出した。


「あのさぁ、れいにーきらーだかなんだか知らないけど此処で辞めてもどうせ肩身狭い思いするんだったらうちに来た方がよっぽど良いと思うよ。あんなちゃらんぽらんだけど、ちゃんと人の痛みがわかる隊長だし」
「瀬尾ちゃーん!置いてくよー!」
「今行くよ。じゃあまたね」
「あ、あの!待って!」

背を向けた彼と先を歩く彼女に声を掛ける。
これもまた流されてるだけ?

いや、違う。


「名前!教えてくれないと何処に行けば良いかわからないんだけどっ…!」

これは、この人に着いて行きたいっていう私の意志。

□■□

「改めて亜里阿支部へようこそ」
「名前五月蝿い」

それからしばらくして、私は正式に亜里阿支部への転属が決まった。今日はその挨拶を兼ねて亜里阿支部へとやってきた。

「よ、よろしくお願いします、隊長」
「ああ…普段は名前でいいよ?あ、ですよ?」
「ふふ…敬語じゃなくていいのに。よろしく名前」
「よろしく、東雲…は、長いから…凛香ちゃん」

軽く挨拶を済ませて支部の中の説明を一通りして貰った。空き部屋の話を聞いた時は親戚の家を出て此処に住めば良いのでとな思ったのだが「住み込みは支部長の許可がないと怒られちゃうから」とまたの機会となった。


「ざっと説明は終わりかな」
「亜里阿隊は私達三人だけなの?」
「もう一人居るけどそいつは今まだ動けないから」
「まぁリハビリ中かな?凍矢は19歳だからうちでの最年長だよ」
「全然そんな風には見えないけどね」
「ねぇー凛香ちゃんの方が全然お姉さんみたいだよね」
「お姉…さん…」

その言葉で、頭の中に蘇る姉との記憶。二人が急に慌て出したので何かと思えば頬を伝うそれで泣いているのだと気付いた。


「あー名前が泣かしたー」
「私?え、嘘!?なんで!?ごめん!?」
「大丈夫……お姉さん…かっ…」

記憶の中の姉さんは、笑っていた。

彼女、苗字名前もまた目の前で家族を亡くした人だと知った。痛みがわかる人だと、言っていた意味をようやく理解したのはつい最近の話だ。あの時感じた同じような何かはそれだったのかも知れないと、最近よく考える。考えた所で、答えは出ないのだけれど。ただ、彼女の元に居たいと、強く思うようにはなった。

多分、名前は姉さんに似ている。



「私も姉さんみたいになれるかしら…」
「ん?どうしたの?」
「なんでもない…ですわ…」

頬を伝うそれを拭って。笑顔で。
記憶の中の姉さんは笑っていた。だから笑顔でいよう。後は、喋り方だけでも、近付けてみよう。姉さんは戻ってこないけど、私の中にちゃんと居るよって、忘れないよって証になる。

そして、私を姉のようだと言ってくれた彼女の為に

私は戦おうと、強くなろうという、決意にも。


□■□

「なぁ、お前昔っからそんな喋り方なのか?さっきと全然ちげぇじゃねーか」
「そんなとは失礼ですわね。その減らず口二度ときけないように縫い付けて差し上げましょうか」
「なになに?珍しい組み合わせじゃん?どうしたの?」
「犬飼」
「来ましたわね女の敵」
「俺の扱いひどくない?」

珍しい、と女の敵(犬飼)に言われた。それもこれも全て私の敵(荒船)のせい。
学校帰り、たまたま出くわしたこの男は「暇なら付き合え」「暇じゃありませんさようなら」のやり取りを全く無視して私の隣を着いてきた挙げ句、そのままランク戦するぞと言い出してきたのが全ての始まりだった。適当に流して終わらせよう、そう諦めて転送されたマップがまさかの雨マップとは。


「荒船ボッコボコだったじゃん」
「うるせぇ」
「それにしても"雨の殺し屋″はまだ健在だったんだねぇ」
「五月蝿いですわよ羽虫が」
「だから俺の扱いひどいよね?そういえば喋り方がどうのって話は?」
「コイツの胡散臭いお嬢様口調。戦ってる時こんなじゃなかった」
「別に貴方達には関係のない事ですわ。もう宜しくて?名前を待たせてしまいますわ」
「あ、苗字ちゃんならそこ」
「羽虫の分際で気安く呼ばないで下さらないこの、」
「凛香ちゃん此処に居たんだ。珍しいね」
「名前っ!!!!!!!!」
「ぐふっ…!!」

羽虫(犬飼)が指差す方向から聞こえた声は紛れもなく名前のもので迷わず抱き締める。名前がわざわざ探しに来たということは此処で油を売っている暇などないということ。


「それでは名前。彼等は放っておいて行きましょうか」
「え、あ、ああ…二人とも何か言いたげな顔してるけど大丈夫?まだ時間余裕あるからランク戦するなら、」
「問題ないですわ」
「でも凛香ちゃんが率先してランク戦してくれるの嬉しいよ?普段絶対来てくれないし。どうせ雨マップだろうけど、それ以外もやってくれたらほんと、ちょー嬉しい」
「名前が言うならっ…!!」

くるりと踵を返して、男子二人に向き直る。


「そこの羽虫お二人!私の喋り方がどうのと仰っていましたが」
「いや、言ってたの荒船だけ」
「黙りなさい。その答えが知りたいならブースへお入りなさい!たっぷりとポイント搾り取ってやりますわ」

「ねぇ荒船どうしよう、俺全然東雲が言ってる意味がわかんないんだけど」
「安心しろ、俺もわかんねー」

結局その後痺れを切らして迎えに来た瀬尾ちゃんに怒られたのはもう少し先の話。


青空の下、共に咲う
(泥塗れになった傘はもう必要なさそうだ)


パステルカラーの虹が掛かる
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