ただいま、と小さく零した部屋の中には数日前まであったはずの人の温もりも、何もない。真っ暗な部屋。本当に何もなくなってしまった。それにどうこう思うはずもなく、私は部屋の灯りを点けた。

三門市を襲った第二次大規模侵攻は大きな爪痕を残していった。民間人への被害をゼロに出来たのはボーダー隊員一人一人が文字通り命懸けで責務を果たしてくれたから。今もなお本部では復興作業で慌ただしい。

そんな中で、彼は私の前から消えていった。

付き合っていた彼氏が居た。私よりも年上で、本部のエンジニアをしていた彼。どういう経緯で知り合ったかあんまり覚えていないが、多分同期の繋がりだと思う。
付き合い始めは良かった。年上の余裕もあり、多少束縛はあるが優しい彼氏で、一緒になろうという約束もしていた。その束縛が強くなってきたのは何時からだったか。他の男性隊員と話していることを嫌がり、名前で呼び合おうものならそこに生じるのは暴力で、何度顔を腫らしたかわからない。そのたび他から心配され、また顔を腫らす。思えば、あの時に関係を絶っていれば良かったのかも知れない。それをしなかったのは多分、何処かで何時か幸せになれると夢を見ていたんだと思う。若気の至り。単純に考えが浅はかだった。結婚は女の幸せか、今考えると本当に馬鹿馬鹿しい。

彼は隊員に対しての態度が横暴だった。それは付き合っていた私にも変わらずで。更には金銭面に置いても彼は酷い人だった。正隊員、しかもA級隊員である私の方が支給されるお給料は高い。そりゃあこっちは前線で身を削って戦ってるんだ。それを彼は「お前ら戦闘員が戦う為の武器を作っているのは誰だと思っているんだ」「何もしてないくせに不公平だ」と私にあたるのだ。この頃から良く喧嘩するようになった。私はともかくとして、他の隊員達を侮辱されるのが許せなかった。喧嘩のたび、彼は言う。「俺とボーダーどっちが大事なんだよ」と。そんな彼の言葉への答えは何時だって決まっていた。私にとってボーダーは何よりも大切な場所だ、と。それをまた彼は暴力で圧してくる。そうなってしまえばもう受けるだけ。同僚からは何故反撃しないと疑問に思われたが実際私が手を出すことはしなかった。手を出してしまえば、彼と同じになってしまう。それに都合が悪くなると「ボーダー隊員が非戦闘員に対して暴力に走るのか」と自分のことを棚に上げてくるからとにかくめんどくさかった。この頃の私は付き合っていることも、別れることもめんどくさくなっていて、もう成るように成ればいいという気持ちだった。

そしてあの大規模侵攻の日。これは後から知ったのだが、彼はその日非番だったらしい。そして私ではない他の女と一緒にいたと、基地南部の援護に行っていた後輩が御丁寧に要らない情報を教えてくれた。散々浮気したら許さないとのたまわっていた本人が白昼堂々と浮気していたのだからもう嗤いしか出てこない。
大規模侵攻の翌日、彼は自分の責務を果たす事も無くボーダーからも私の前からも姿を消した。最後の言葉は「もうお前と一緒に居ても何もない」と、余りに稚拙で。私はそんな彼を冷めた眼で見つめる事しか出来なかった。彼にとってボーダー隊員と付き合っているというのは一種のステータスだったらしい。最低過ぎて言葉も出ず、勝手に捨てられたような扱いを受けた私は惨めで仕方なかった。


シャワーを浴び終えて後は寝るだけ。明日防衛任務もないから早起きしなくて良い。冷蔵庫から取り出した缶ビールを一息に飲み干して部屋の明かりを消した。


(最低な時間を有難う)
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