今朝は激しい雨と雷の音で目が覚めた。梅雨なんてとっくに明けてるのに雨は憂鬱で仕方ない。新学期が始まりまだまもないというのにクリーニングからあがってきたばかりの制服は、傘を差した所で学校に着く頃にはびしょ濡れだろう。そういえば今日は午後から防衛任務だった気がする。雨の中の防衛任務は気が滅入る。お願いだから午後までには雨が止みますように。届くかどうかもわからないお願いを窓の外、降り止む気配のない雨に向け、私は英語教師の奏でる英文を子守唄にしながら瞳を閉じた。

日頃の行いが良いからなのか、午後にはすっかり雨は止み晴れ間が差していた。おまけに英語教師から怒られる事もなく無事防衛任務に励んでる。代償としては、夏を思い返す程の暑さと活動的になった蝉の鳴き声くらいか。何処で鳴いているのか。周りが静かな分、ジージーとやたら蝉の声が耳につく。

「あれはアブラゼミですよ」
隊員の子が言った。鳴き声でわかるのかコイツ、と白い目を向けたら「普通は大体わかりますよ」と冷静に返された。わかんないから。なんかアブラゼミは他の蝉より鳴き声が耳障りなんだって。知らないし全部耳障りだし。そこから何故かアブラゼミ談義が始まり、あんまり興味もなかったので話半分、門でも開かないかなとか考えてた。

防衛任務も無事に終わり、報告書作って今日はもう帰ろうかなとしてた所を同じく任務終わりの荒船隊と出会した。そのまま流れで荒船隊の隊室で報告書作成をすることになった。ちなみに他の隊員たちは全員帰った。無言の室内の圧力は心臓に悪い。せめて穂刈あたりが居れば気は楽だったのに、と考えても仕方ない、さっさと終わらせて帰ろう。


「おい」
「なに?」
「なんか喋れ」

無茶ぶりかよ。
荒船哲次という人間とは長い付き合いだが、昔から私の扱いが雑な気がする。なんかってなんだよ。まもなく終わる報告書作成の手を一度止め、考える。そういえば、と思い出したのは防衛任務の時に聞いたあの話。


「蝉ってさ、ずっと土の中に居て大人になって外に出たと思ったら子孫残してすぐ死んじゃうんだって」
「は?」

そんなの常識だろ、と鼻で笑われる。お前がなにか話せと言うから話したのにこれだよ。いや、そうじゃなく。


「アブラゼミってさ六年間も土の中に居て、今だ!って時に出てきて、生涯たった一匹と出逢う為に最後の七日間を過ごすんだよ」

実際野生の蝉ってもう少し長生きするみたいなんだけど。それでもずっと土の中に居て子孫繁栄の為に外に出てくるって。


「メスの蝉って生涯一度きりしか交尾しないんだって。たった一人に捧げるんだよ超純愛じゃん。オスだって“俺は此処にいるよ”ってメスに知らせる為に鳴き続けるんだよ、凄くない?」

蝉同士そこに愛があるかは知らないけど。
その話を聞いた時、何となく自分に置き換えて考えてみたんだ。


「生涯たった一人に出逢う為に六年間も待つのか、って」

荒船は一向に無言のままこっちを見ている。

六年間、誰の目にも触れることなく温めてきた感情を最後の七日間に全て出し切って一生を終える。

私はあと何年この想いを隠していれば報われるのか、なんて。


「六年待ったのに報われないやつも居るんだもんなぁ……それは悲しいよね」
「なに蝉に感情移入してんだよ」
「荒船にはわかんないだろうな」

わかってたまるか。
十八年だぞ。アブラゼミの三倍、私は目の前のコイツに恋してる。
家だってお向かいさん、誕生日は僅かに荒船が先だけど生まれてからずっと一緒に居た。昔は名前で呼び合って、一緒に居るのが当たり前だった。気が付いたら好きだった。よくある思春期のアレで距離は前より離れてしまったけど。

多分、生まれた時から荒船のことしか見えてなかった。


「もしも、あと七日間しか生きられないって言われたら。私は多分、誰にも迷惑かけないようにひっそりと死ぬことを選ぶよ」

想いを告げようとか、絶対しない。オスの蝉のように鳴くことせず、ひっそりと。メスの蝉のようにその声に惹かれることもなくひっそりと、その生涯を終えるだろう。


「俺は、」

ガタリと音がする。椅子が倒れる音。荒船が乱暴に立ち上がった、音。


「あと七日しか生きられないって言われたらお前を探す。俺は此処に居るぞ、ってずっと声張り続けてやる。だから勝手に死のうとすんじゃねーよ」

急に胸倉を掴まれて引き寄せられる。女子相手にすることかよって突っ込む間もなく引き寄せられて。至近距離にある荒船の顔、乱暴な物言い。全部荒船のはずなのに、何時もと違う。顔に熱が集まっていくのがわかる。なんだこれ。


「十八年待ってやったんだから良い加減認めろよ。俺のこと好きだって」
「ばっ…、かじゃないのっ…!」
「図星だろ」

ニヤリと悪戯に笑うから余計に顔に熱が集まっていく。心臓の音が五月蝿い。


「あ、あらふね、離して、」
「あと良い加減苗字で呼ぶの止めろ馬鹿名前」
「なっ……!アンタだって、名前呼んでなかったくせにっ!」
「だから戻してやっただろ。名前で呼んだら離してやる」

早く、と催促され更に顔を近付けてくる。吐息がかかる距離まで近付くから、心臓の音が聞こえてしまうんじゃないかって余計にドキドキする。

「て……哲次……」

カラカラに渇いた喉を必死に震わせてようやく発した名は、何年ぶりに呼んだものか。満足したのかようやく離してくれた奴の顔は僅かに赤い。


「な、に……照れてんのよ……!」
「うるせぇ……ほら、それさっさと終わらせて帰るぞ」
「誰のせいだと思って!」
「回りくどい告白してくる名前のせい」

奴のその言葉としたり顔に私は唸りを上げるしか出来なかった。



(十八年目の夏、届いた)


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職場の裏手が竹林で蝉が五月蝿かったんだ。
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