校庭に集っていた者が一斉に音の元を辿る。そこに見えた光景に6年生らは盛大な溜め息を吐いた。
1年教室の窓枠にかかる縄にぶら下がるのは小平太。そして悲鳴の持ち主である名前が小平太にぴたりとしがみついているのが見えた。
実況で聞こえた「転倒」のての音の段階で飛び出していった小平太。
6年の中でも一番俊足の小平太に追い付ける者などおらず、任せることにしたが結果これだ。
「やりやがったな、あの馬鹿」
あの高さから人を、しかも名前さんを抱えて飛んだのかよ。
怪力馬鹿めと、呆れのこもった留三郎の呟きに反応したのは長次だ。
「……小平太は文次郎からの邪魔者扱いが余程気に食わなかったらしい」
長次の言う邪魔者扱いとは数日前のこと。勉強会での一幕だ。
真剣に勉強する名前の隣。小平太も力になろうと助言をしていたのだが、それが間違いだらけのことごとく的を射ないもので、痺れを切らした文次郎から「邪魔になるから出ていけ!」と出禁をくらったのだ。
それから今日まで、部屋でもずっと悶々としていたと長次は言った。
「そうか、全ては文次郎のせいか」
「おい!仙蔵、阿呆なことぬかすなよ!」
俺にまで飛び火するだろうが!
そう叫ぶ文次郎の視線は伊作に向いていた。
伊作にいつものような笑みはなく、纏う空気は不穏だ。
徹夜の実習明け、それに加え名前を巻き込んだ小平太の無茶だ。苛立つのも無理はない。
文次郎は口をひきつらせた。
理性の切れた伊作はすこぶる恐ろしい。自分を含め、他の同輩もそれぞれがその恐ろしさを身をもって経験している。
文次郎個人だけでも、睡眠薬によくわからない薬などを盛られた回数は両の手を軽く越えるのだ。
それなのに、何故あの馬鹿は学習しないのか。
文次郎が内心で非難していると、あの馬鹿こと小平太の「いけいけどんどーん」という声がだんだんと間近に迫ってきていた。
その声を聞くや無言無表情で立ち上がった伊作に、文次郎と留三郎はひくりと表情を強張らせた。
まるで今から戦場に行くかのような殺伐さだ。
「い、伊作。穏便に、穏便にだな?」
「ははは、もちろんだよ」
留三郎の投げかけにそう返答する伊作だが、その目は全く笑っていなかった。
───
「ずいぶん手酷くやられたな」
いててと涙目で頭をさする小平太に仙蔵は鼻で笑うと、横断幕を畳み始めた。
現在、名前の手当てをしている伊作以外の6年で片付けの真っ最中。小平太の行動を止められなかった6年の連帯責任として片付け作業を教師らに命じられたからだ。
長次は機材の片付け、文次郎と留三郎は校庭のゴミ拾いだ。
どちらが多くゴミを集めるか勝負だ、文次!
のってやるぞ留三郎!
という犬猿の声が遠くから聞こえる。
学園長の締めの言葉が終わるやいなや小平太から名前を奪取した伊作は、小平太の頭めがけ力の限りのげんこつを落とした。
痛みに強い小平太が悶絶するほどの強力なもの。伊作の怒りの現れだ。
変な丸薬を飲まされなかっただけまし。自業自得だなと笑う仙蔵に小平太も「あぁ」と返事を返した。
名前が泣くほどに腰を抜かすとは小平太も想定外だった。
「後で名前さんに再度謝るんだな」
「もちろんだ」
意図していなかったとはいえ、怖い思いをさせてしまったからな。
そう告げる小平太に、素直なやつだと仙蔵は笑った。
こういうところがあるから多少の無茶苦茶な行動も憎めなくなるのだ。
さっさと片付けてしまうぞと声をかけ仙蔵は次の横断幕を回収するべく背を向けた。
その時、仙蔵からふわりと漂った楠の香りに小平太は眉を寄せた。
「それはそうと、やはり名前はいつもの格好の方がいいな!」
小平太の唐突な投げかけに、仙蔵は一体なんだと眉をひそめた。
まだその話題を引っ張り出すのかと告げれば、違う違うと小平太は返した。
「格好よりも匂いがな。名前を抱いているのに、仙蔵を抱いている気になってしまってな」
いつもの甘やかさは楠の匂いに薄れ、すこぶる萎えたと宣う小平太に、仙蔵は青筋を立てた。
素直なところを褒めたばかりだが、素直すぎる。
言葉になぞするものだから小平太に抱かれる自身を少し想像してしまい、仙蔵はさぶいぼが立った。
むしろ萎えたのはこちらだ。
「小平太。そんな煩悩、今すぐ私が消してやろう」
匂いどころか感触も何もかもな。そう言いきるよりも早く仙蔵は小平太の頭をどついた。
狙うは伊作の打撃跡。躊躇など一切なかった。