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「こ、う、め、い、せ、ん、せ!」
柱から顔を出し、諸葛孔明──ウェイバー・ベルベットに声をかけたのはカルデアのマスターだった。右手には、見せつけるように弁当の小包を掲げている。
「なんだよ、やけに機嫌がいいじゃないか。」
「お弁当、うまくできたんです!」
「ふうん。タマモキャットにでも教えてもらったのか?」
「はい!」
「良かったじゃないか。マシュとでも食べるの?まあ、あの子ならあんたの作ったものなんでも美味しい、美味しいって言ってくれそうだけど。」
「いえいえ、これは先生と食べようかと!」「えっ、僕?」
とたん、微笑ましそうにしていたウェイバーの口の端がひくりと歪む。彼は先週、マスターにとんでもないものを食べさせられていたからだ。有名なイギリス料理を意識しました!と、差し出されたのはタコの飛び出たパイ。リスペクト先は、十中八九スターゲイジーパイだろう。しかし、大概の欧米人の例に漏れず、ウェイバーにはタコを食べる習慣というものがなかった。その上、パイは見た目も合間って第四次聖杯戦争での怪物を想起させる。一目見ただけで、もう気分が悪いというのにこの強引なマスターに口の中に大きな一切れを突っ込まれたウェイバーは、咀嚼もそこそこにトイレに突っ走り……そこからはご想像の通りである。ともかく、再びあのようなゲテモノを食べさせられるのなら、霊体化して逃げてやろう。彼は決心し、マスターの死角で握りこぶしを作った。
「今回は前回の反省を生かし、慣れ親しんだ日本料理に目標を絞りました!」
「あ、ああ。」
キラキラしたマスターの笑顔を前にして、顔を青ざめたウェイバーは思いつく限りの奇怪な日本料理を連ねる。──クサヤか?いや、この距離で似合わないならそれはない。ならば、イナゴのニツケか?あり得るだろう。もしかしたら前回から海産物つながりで、ウニや鯨かもしれない。ああ、想像しただけで胃がひっくり返りそうだ──。
そんな彼の苦悩など露知らず、マスターは意気揚々と包みを開いて見せた。しかして、そこに現れたのはごく一般的なお弁当の中身であった。
「ええと、肉じゃがでしょ、これは卵焼きでこっちはほうれん草のお浸し。主食は、五目炊き込みご飯でーす!デザートだけは洋風で、チェリーパイを用意しました。……ん?なんで顔を覆ってるんですか、先生。」
「え、あ、いや……ごめん。」
「あはは、もしかしてわたしがまたとんでも料理を出してくるんだと思いましたか?」
「……悪いとは思うけどさ、前のはホラ、ちょっとひどかっただろ?」
バツが悪そうに視線をそらすウェイバーをみて、マスターはケラケラと笑った。
「な、笑うことないじゃないか!それに、僕がタコを食べられたとしてもあの料理はひどかったよ!生地だって、生焼けだったじゃないか!」
「そこを言われると弱いですね……。パイの完成度が低かったのはわたしの技量不足です。でも、元々は先生がわるいんですよ!」
ずい、とマスターのたてた人差し指がウェイバーの眼前に迫る。思わず後ずさり、彼女の顔を見ると、あきらかに拗ねている。そして、への字に曲げた口を開き訥々と語り始めた。
「あのとんでも海魔パイを先生に食べさせた数日前、わたしは先生に魔術の基礎講義を受ける約束をしました。」
「そ、そうだったかな……。」
「しかーし!自室で待てど暮らせど先生は来ません。まあ、毎回色々なレイシフトに付き合わせてるわたしにも非がある、擬似サーヴァントといえど先生も疲れが溜まっているんだろうとその日は諦め、メディアによる課題魔術講義……まあ、三割くらいは小次郎の愚痴でしたけど……に切り替えました。」
「あ。」
あの日の数日前、反故になった約束。今ので大体の事柄を彼は瞬時に理解し、冷や汗をかいた。
「気づいたようですね。あの日、先生は徹夜で職員のビルさんに借りたレトロゲームをやり込んでいました。つまり!諸葛孔明、いいえ、ウェイバー・ベルベット!あなたはうっかりわたしとの約束をドタキャンしたのです!」
「そ、その件については……本当に申し訳……。」
「ええい、ごめんで済んだら教会も協会もいりません!つまり海魔パイはわたしのささやかな復讐というわけです。予想以上にクソまずくなっちゃったけど……。」
「でも、それなら、直接僕に謝罪を求めればよかったんじゃないか?」
「しましたよ。でも、徹夜明けでテンションの上がった先生はめちゃくちゃ適当な謝罪しかしませんでした。それでプッツンきちゃったんですよ。」
「はあ、なるほど……。」
「ですので、」
ふたたび、目の前に弁当箱が差し出される。卵焼きの恥が焦げていたり、ジャガイモが少々煮崩れていたりと、粗はあるが概ねきちんと調理されている。弁当を支える彼女の指を観察すると、何本かは絆創膏を巻いてあり、覆いきれなかった部分から火傷の跡や切り傷が垣間見えた。いつも食事は職員やサーヴァントに頼りきりな彼女が、不器用なりに努力したということも。
「こんどこそ、一緒にごはん、食べましょう?」
不遜な口調のわりには眉を寄せ、不安そうな顔をしている。教え子のそんな情けない姿に嘆息しウェイバーは苦笑した。
「いいよ、付き合ってやる。」
途端、彼女の顔が輝き、……こっそりその後方に構えていた愛らしい後輩や野性味溢れるバーサーカー、面倒見のいいライダーの表情がゆるんだ。まったくどいつもこいつも心配性で過保護だ、と呆れる彼であったが、自身も、マスターを泣かせるようなことにならずに済んだことに安息していたのだった
海魔パイの怪





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