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こんな遠くまで来てしまった。常夏の森の中は極寒の天文台とは正反対だ。着の身着のままで出て来たことを悔やんだ。うなじに張り付く後れ毛がうっとおしい。
「随分遠くまで来たものですね。」
きっちりと和服を着込んだ隣の男は額に汗ひとつない。そうか、これは過去の幻影だったと思い出した途端に全てが虚しくなった。今までの全部を裏切ってこんな嵩張る下品なほどビカビカの盃一つ持ち出して、世界の果てみたいな孤島で胡散臭い幽霊と二人で何をしようというのだろう?
「おや、心許ないようですね。貴女は心配なんてしなくていいんですよ。」
そう言って天草は私の瞼を大きな片手で覆い尽くした。
「大丈夫、大丈夫ですよなまえ。全て私に任せてくれるなら全てうまくいきますから。」
そうだ、この声だ。甘く低く囁くこの声は麻薬のように私の脳髄を麻痺させる。そばにいる子の男が愛しいと思う以外の感情が曖昧になってしまう。聞いたことのない動物の鳴き声が響き見たこともない花の香りが漂っている。慣れない空気と気温の中、視界も塞がれて、自分がちゃんと立っているのかも分からなくなる。
「あまくさ……。」
「ここに居ますよ。ええ、あなたが私に賛同して居てくれる限り、私はあなたを裏切らないし夫婦ごっこだっていくらでも付き合います。だから、どうか失望させないでくださいね、私の奥さん。」

◇▽△

私たち夫婦は二人きりで小さな小島に住んでいます。不便で寂しい場所だけれど仕方ありません。私たちはどうやらとんでもないことをしてしまったらしく、大勢の人に追われている、と夫から聞かされました。人のいるところに居を構えていてはすぐに捕まって処刑されてしまうだろうとも聞きました。生活に微々たる不安はあるけれど、生命を脅かされるよりはましなのだと、そう思います。それに、私の夫は美しい上にこの上ないほど優しい男なので、連綿とふたりぼっちの日々が続いても悪いものではありません。でも、不思議なことが一つだけ。毎晩眠る前に、大きな木のうろから彼が取り出すあのおおきな器は何なのでしょう。まるで愛し子にするように彼が毎日頬ずりする冷たいがらんどうの盃は、一体私たちにとってどんな意味を持つものであったのでしょうか。

かつて私は、


2017/12/7





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