着地任せた!

例のごとく口論相手の傷口に塩を塗って激高させた師匠は、背は低いが恰幅のいい男に突き飛ばされて、たたらを踏んだ。いつに増して最悪なのはここが見上げるほど高い塔のらせん階段ということ。ぐらりと傾いで師匠の体は真っ逆さまに中央に空いた穴へ落ちていく。
「師匠! 」
 息を飲んで追いかけるように飛び降りた私を見て、愉快そうに彼は微笑んだ。そんな悠長な反応と持ち上げられるような感覚で胃が苦しい。だというのにあの野郎、能天気にも言い放った一言がこれだ。
「着地は任せたよ」
 耳は風を切るびゅうびゅうという音で使い物にならなかったけれど気まぐれに教えられた読唇術がしっかりと役に立った。
 何が”任せた”だ試すように命を預けやがって! 
 広がるマントは一見翼の様だけれど、彼の落下速度低下の一助になっているかは怪しい。自由落下じゃ追いつけない。どうしよう、考えている間に底が見えてきた。地下室の床だ。石造りのあそこに叩きつけられれば並みの強度しかない師匠の体は取り落としたプディングより悲惨なことになる。いや、魔法使いだから粉々の石くずになるだけか。
 そう思い至って私は肝心なことをようやく思い出した。
 そうだ、私もあの人も魔法使い。宙に浮くなら箒が一番。彼が泡食った私を観察するばかりで呪文を唱えようともしない理由は分からないけれど、先の戯言通りに万全の着地サポートをするにはこれしかないだろう。
 魔法で手元に呼び寄せた箒にまたがり、できる限り背を屈める。柄を握った手に胸がつくほど低くだ。地面と柄が直角になるよう全速力で突っ込んだ。そのまま師匠を追いかけ、追い越し、頃合いを見て地面と平行になるよう、ぐんと姿勢を整える。見上げた師匠の背中に魔法をかけて速度を落とし、予想される衝撃に備え気合を入れて腹の底に力を入れた。精一杯腕を広げたその瞬間、師匠がその中に納まった。
「なるほど、こう来るのか」
 さざれになり損ねた師匠は落ち着き払っている。私なんて痛いくらいに心臓が脈打っているというのに。
「あんた、箒はどうしたんだよ? 落ちながら唱えて舌噛むような呪文でもないんだから私を頼る前にさっさと取り出せばよかったのに」
 横抱きにした彼の顔を覗き込んで文句を言うと彼はやはり笑った。
「それじゃ、おもしろくないだろう? ところで君の腕、短いせいか居心地が悪いね」
 もしかして、箒を手にできない理由があるのかも、なんて心配した私がばかだった。舌打ち一つして彼の首と膝を支えていた腕をパっと外してやる。
「え、マリー……」
 ぽかんと口を開けて師匠が瞬きをした。
 数秒後ゴツンとそこそこ重い音と師匠のうめき声が足元から聞こえた。深刻なケガをしないような高度まで下りていたとはいえ、たんこぶくらいはできただろう。そのまま十円ハゲでもできちゃえばいいんだあんなひと!上階で未だ腹を立ててるだろう師匠の口論相手も、うずくまる師匠もみんな放り出して一人窓から飛び出した。
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Opus.999
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